不動産で知る日本のこれから

 空き家問題やマンション問題など、最近、不動産関係で興味深い本を何冊も執筆している牧野氏だが、そうした活動から様々な媒体で執筆依頼を受けることも増えたのだろう。本書は筆者が「文春オンライン」で連載していたものをまとめたものである。1編5ページほどのコラムが33編ほども掲載されている。オンライン・コラムなので、それぞれがとても気軽で読みやすい。また一般向けに、ごく常識的なことも書かれており、さらさらっと読み進めることができる。
 これらのコラムが連載されていたのは、「コロナ禍」以前だっただろうが、テレワークによる在宅勤務が多くの企業で試みられた今、本書を読むと、まさにこれからの「新しい生活様式」を先取りする内容が考察されており、驚く。テレワークにより、会社とはネットで繋がるだけで、「通勤」が不要になる。すると、都心にこれまでのような大きなオフィススペースはいらなくなる。また、自宅は会社への交通利便性ではなく、街としての居心地の良さが最優先されて選ばれるようになる。これらの動きはコロナ禍によりこれまで以上に加速され、これまでとは次元の違う状況へと社会及び不動産環境を変えていくだろう。
 こうした「働き方改革」に伴う不動産環境の変化に加え、人口動態等から類推する東京の変化への予測も興味深い。減少人口の1/4が外国人の増加に置き換わっている事実。既に農業人口をはるかに上回っているのだ。また、「生産緑地の2022年問題」が与える影響も大きいものがある。そして、地方から都市への人口集中が「家を持つ」という地方の常識を都市部へ持ち込んだという「持ち家神話」の実相と、神話崩壊の指摘。
 これまでは東京五輪という「まやかし」がその先の見通しをぼんやりとさせてきた。しかし、新型コロナウイルスはこれらの多くの旧弊や神話をも大きく吹き払おうとしている。今後、ひょっとして起こりうる「安倍政権の退陣」と「東京五輪の中止」があるとすれば、その後の日本はいったいどうなっていくのか。不動産環境も激しく変化することだろう。いや、そんなことはほんの小さな変化なのかもしれないが。

不動産で知る日本のこれから (祥伝社新書)

不動産で知る日本のこれから (祥伝社新書)

  • 作者:牧野知弘
  • 発売日: 2020/03/31
  • メディア: 新書

○大企業が社員にデスクを与えずに外で野放しにする「働き方改革」は、企業にとって広いオフィススペースは「いらない」ということになる。…つまり都心に用意したオフィススペースが必要なくなることを意味するのだ。…あわや、今までデベロッパーが作り上げてきた不動産秩序が崩壊するのだ。働き方改革恐るべし、なのだ。(P63)
○地方出身の彼ら彼女らは、都市部の学校を出て都会で修飾し、家庭を築き、そのまま親が住む地方に戻ることがなかった。彼らが都市部で家を持とうとしたのは、地方では「家を持つことがあたりまえだった」からである。…つまり、地方の常識が、東京などの大都市での持ち家の需要を大幅に高めたのである。…でも、この理屈はもうとっくの昔に成り立たなくなっている(P70)
○どうやら令和の時代のうちの、そう遠くない時期に世の中から「通勤」という言葉はなくなるかもしれない。会社へ行くという用事がなくなるのだ。…会社という組織とはネット上で繋がるだけで…仕事は…そのほとんどをモバイル上で行なうのが当たり前の世の中になる…仕事のための移動がなくなれば…自らの家…は会社への交通利便性ではなく、…自分の「好み」の街を選んで「利用する」、そんな家選び、街選びが始まることだろう。(P125)
○日本の人口は1億2625万人(2019年6月)。前年に比べ28万人減少する中、外国人居住者は282万人の大台に達し、前年比でも9万8000人も増加している。外国人定住者の増加は、ある意味で日本の人口減少を緩和する役割を果たしているとも言えるのだ。…日本の農業人口は175万人(2018年)、いまや農業人口をはるかに上回る数となった外国人との付き合い方は、今後の日本を左右する重要な課題なのだ。(P168)
○現在登録されている生産緑地のおよそ8割が2023年に期限切れを迎えるとされている。…これから東京都内では、相続ラッシュが起こる。そして…生産緑地の一部が宅地となって、賃貸や売却といった形でマーケットに拠出されてくる。いっぽうで東京の人口増加ペースは鈍り、2025年を境に減少に転じる。…「供給は増えて、需要が減る」ということは、価格が下がる。…つまり都内の不動産は「借り手市場」「買い手市場」に転換するのだ。(P232)