建築思想図鑑☆

 大学の講義で「建築思想」について学んだことがあるだろうか? 「西洋建築史」の講義で多少は触れられたか? 「建築論」の講義はあったが、何を学んだのだろう。もっとも私の時代はまだポスト・モダニズム以前であり、CIAM等の1920年代以降の流れや、黒川紀章らの「メタボリズム」や菊竹清訓の「か・かた・かたち」は覚えているが、これらはひょっとして「新建築」や「建築文化」などの雑誌を読んで学んだのかもしれない。
 本書は、ウィトルウィウスの「建築十書」における「建築のオーダー」から、「バロックの都市計画」「空想的社会主義」「アーツ・アンド・クラフト運動」などを経て、ルイス・サリヴァンの「形態は機能に従う」「我国将来の建築様式は如何にすべきや」「田園都市」、そして「ロシア・アヴァンギャルド」や「分離派」「ノイエ・ザッハリヒカイト」「イタリア合理主義」を経て、ル・コルビュジエの「近代建築の5原則」やCIAMの「アテネ憲章」に至る。さらに、「メタボリズム」など戦後の建築運動を経て、「ポスト・モダニズム」に至り、さらには隈研吾の「負ける建築」や「デジタルファブリケーション」までをも説明していく。
 全部で63項目。一つひとつは3~4ページ程度で短く、かつイラストが紙面の半分以上を占めるが、このイラストがすごい。イラストは寺田晶子が担当しているが、文章にないことまで描かれており、イラストだけ見ていればある程度は理解できるほどだ。
 退職してしまった今となっては、建築思想について話し合うようなことはほとんどないが、こうした知識が頭の片隅にあれば、少しは楽しいかも。それにしても、これからの建築はどこへ向かうのか。もっとも最近の若い建築家の名前さえ知らない。本書の最後は「取り上げられる主題はますます個別多様化の傾向にある」という文章で終わっているのだが。

○現在、ごく当たり前に用いられている建築様式という概念は、19世紀の情報整理術において確立した。背景には…ヨーロッパ人が触れる世界が広がったこと、さらに、博物学の進展の中で、自然物を系統的に分類整理する方法が出てきたことによる。…かくして過去の建築はすべて総ざらいされたのだが、その先に待っていたのは、現在の様式を問う作業だった。建築家たちは、「われわれの時代の建築はいかなる様式で建てるべきか?」を問うた。(P045)
第一次大戦後のドイツにおいて、個人の内面の表出を目指した表現主義に対して、社会の不合理・不平等を冷静に見つめ、現在をシニカルに描く…リアリズム絵画が生まれ「ノイエ・ザッハリカイト」と呼ばれた。…こうした状況の中でミース・ファン・デル・ローエは、形態的な特徴からではなく、より直接的に素材と技術から導かれる建築のあり方を追求し、建築分野におけるノイエ・ザッハリカイトを標榜した。(P107)
○「レス・イズ・モア(Less is more)」は、近代建築の巨匠の一人ミース・ファン・デル・ローエによってもちいられた標語である。…「ユニバーサル・スペース」「神は細部に宿る」とともに、ミースが残し、後世の建築界に大きな影響を与えた言葉である。/ルイス・サリヴァンは「形態は機能に従う」と機能決定論を唱え、アドルフ・ロースは「装飾は犯罪である」と装飾を断罪し、ル・コルビュジエは「住宅は住むための機械である」という言葉によって新しい美学を表現した。(P136)
シチュアシオニスト・インターナショナルとは…映画、絵画、彫刻、建築などのジャンルを越境し、政治と芸術の統一的実践を目指した領域横断的な前衛グループである。…シチュオニストは…資本主義やマスメディアによって「植民地化」された日常生活において、人びとが都市の直接的な使用から「疎外」されるようになってという問題意識を抱いた。…シチュオニストは、都市の日常生活における人びとの創造性を喚起し、受動的な消費者から能動的な行為者へと変貌させるべく…方法概念を提唱した。(P153)
コールハースによると、建築は一定の大きさを超えることで「ビッグネス」という資質を獲得する。…超高層建築に代表される建築物はその巨大さゆえに…ビッグネス以前の建築原理を無効化し、様式からも都市からも自立した建築となる。現在のドバイや上海など資本が極度に集中する都市に立ち並ぶ超高層群を見ればこれらの定理がいかに正確に時世を捉えていたかがわかる。(P207)
○ロバート・ヴェンチューリの『建築の多様性と対立性』は…ポスト・モダニズムの先駆けとなる著作である。これ以降の建築書は、現状に対する解釈、認識論としての性格を強め、一定の批判精神を保つ点で共通するものの、インターネットをはじめとする新しいメディアの影響もあり、取り上げられる主題はますます個別多様化の傾向にある。(P237)