昨年5月に発表された日本創成会議の増田レポートを徹底的に批判する。「2040年までに全国の市町村の半数が消滅する可能性がある」とするこのレポートは、地方の自治体に大きなショックを与えた。先に読んだ「自治体崩壊」は豊富なデータを基に、「地方も都会も共に活性化する道はある」と新潟県の事例をベースに地方の取組を応援するものだった。しかし本書では、レポートの提言は一見、人口減少に警鐘を鳴らし対策を促すようでいて、思想的には「選択と集中」により一極集中を一層進め、地方を絶滅させる目的を隠し持つ危険なものではないかと痛烈に批判をする。
私自身「増田レポート」を読んでいないので、軽はずみなことは言えないが、山下氏の指摘する通りであれば、確かに「選択と集中」がいかに日本にとって危険思想かはよくわかる。経済がよくても暮らしをつぶしては何の意味もない。経済と暮らしのバランスが必要であり、たとえ経済が小さくても、安定して中長期的な見通しがあれば少子化にはならないという指摘は確かにそうだと頷かせる。
「選択と集中」に対峙して筆者が立てるもの、それは「多様性の共生」だ。それも単なるきれいごとではない。自立した人間・社会を取り戻していくことこそ、人口減少社会からの脱出への道だと訴える。そして具体的に、問題解決型モデル事業の展開を提案する。この提案の実現は実際には不可能だろうが、国家に依存せず、自立した地域づくりを進めるための大きなヒントを示している。
後半は、現実に「ふるさと回帰」の動きが出始めていることを指摘する。そして具体的な制度として「二重住民登録制度」を提案する。これもまた面白い。なぜ人は1ヶ所にしか住民登録できないのか。それは実は制度が現実に追い付いていないのであって、制度がまさに心を縛り付け、自治体消滅の可能性を生み出している。人口減少を危惧し、自ら消滅へと突き進んでしまう背景には、心理的側面が強い。制度をこそ、現代人の実態に合わせるべきなのだ。
地方と中央がお互い連携し、どちらも活性化すること。それこそが新しい循環を引き起こし、人口減少を食い止めることにつながる。確かにそうかもそれない。心理的なバリアを外して、現実をしっかりと見ること。不安に躍らされず、心に余裕をもって地方の良さを信じ、生かしていくこと。そこからこそ地方の自立が可能となり、地方消滅を妨げることになる。「地方消滅の罠」とは、人口減少の不安を煽り、「選択と集中」を押し付ける「増田レポート」のことだ。
確かに。今こそ地方は自立しなければいけない。「増田レポート」の罠に嵌ることだけは避けなければならない。その可能性を示し、勇気を与えてくれる。山下氏の地方を見る目は常に冷静で、かつ愛情にあふれている。
地方消滅の罠: 「増田レポート」と人口減少社会の正体 (ちくま新書)
- 作者: 山下祐介
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2014/12/08
- メディア: 新書
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●経済力は暮らしの余裕をつくりだすが、他方でさらに高い経済力を獲得しようとすれば、暮らしの余裕を犠牲にすることになる。経済と暮らしはバランスよく構成されていなければならない。そのバランスを欠いたことが出生率低下の原因である。・・・安定した経済基盤が存在するのなら、そこから得られる経済力は小さくとも、また就労環境が多少不安定であっても、必ずしもそれは人口減少にはつながらない。子育て回避という心理が引き起こされるのは、経済が小さいからではない。子育てという戦略を立てるに足るだけの暮らしの中長期的安定の見通しがつかないからである。(P042)
●「選択と集中」は、地方・地域を巻き込んで、日本をもっと大きな変革へと持ち込もうというもののようだ。それは、カネのためなら、この国がもっと豊かになるためなら、地道な地域づくりの努力などどうなってもかまわない、グローバルな競争の中でこの国が優位に立つためなら、地域など消し飛んでも仕方がない、いや場合によってはそのほうが好都合だ――そういう意識を含んでいるように見える。(P085)
●人間は自立している限りは手をかける必要はない。しかしその人々が依存する者になったとたんに問題が生じる。・・・だからとくに政策に失敗してこうした人々を生み出してしまうことだけは、絶対に避けなければならないものであるはずだ。・・・もちろんもはや様々なインフラや政府が提供する制度なしに暮らせる人間はいない。だが、完全に自立している人間などいないからこそ、これ以上の依存関係は極力避けるべきなのだ。そしておそらく、自立した人間・社会をできる限り取り戻していくことこそが、人口減少社会の目標になるはずだ。(P138)
●世界のグローバル化と戦う場は、依然として日本の中に必要だろう。しかしそれは首都圏や太平洋ベルト地帯でもはや十分なのではないか。それをさらに日本全土に広げる意味があるとすればそれはなぜなのか。・・・むしろ地方が回帰によって大都市圏の過剰人口を受け入れる場となっていけば、このグローバル化の最前線で戦う大都市圏の人々の暮らしもすいぶんと楽になっていくはずだ。/むやみに成長を進めるよりも、むしろ地方都市や農山漁村を新たに意味づけ直し、そこにいま一度新しい循環をつくっていくことのほうが、日本という国の未来の持続可能性にとっては適切なはずだ。(P225)
●私たちが抱えている問題は、心理的社会的問題なのだ。そして制度とは、法的な決まりごとや権力統治の手段である以上に、きわめて心理的社会的なものなのである。こういってもよい。制度が心や社会をつくり、また心や社会が制度をつくる。・・・いまその制度が心を縛り付け、あらぬ方向へと現実社会を引きずっている。制度を変えることで、人々の心を解放し、希望ある未来の目標に向けて社会としての力を合わせていく、そのような道へと人々の歩む路線を転換しなければならない。(P278)