マイホームの彼方に☆

 「あとがき」でも書かれているが、神戸大名誉教授の早川和男先生が一昨年の7月に亡くなった。平山氏は早川先生直系の後継者として、一貫して住宅問題・住宅政策への研究を進めている。前著「都市の条件」から早や8年。久しぶりの新刊はタイトルこそやや軽い感もするが、まさに筆者渾身の一冊と言える。
 「都市の条件」の読後ブログでは、量的に貧弱な公共賃貸や低劣な民間賃貸を批判する平山氏に対して、「戸建て住宅に多くの空き家が発生し始めた中…これらの余剰ストックを活用できないだろうか」と書いた。まさか私のブログを読んでもらっているとは思わないが、本書では、持ち家を含めた現在の日本の住宅事情をこれまでの住宅政策の結果として見事に描いているし、人口減少と経済の低迷が確実なものとなるこれからの「成長後の時代」における日本の住宅事情を的確に予測している。さらにその解決に向けた提案も盛り込まれている。これからの住宅政策者には必須の本と言えるだろう。
 今回、筆者の視点は明確に「持ち家」に向けられている。日本の住宅政策において一貫して進められてきた「持ち家政策」。その意図と成果について、第3章から第5章にかけて、3期に区切って日本の住宅政策の変遷を追う。戦後の住宅難の時代から90年代半ばにかけて、経済政策の一環としての開発主義により進められた住宅政策から、21世紀に入って以降、新自由主義による「市場化」とカテゴラリ化された「セーフティネット」が住宅政策の大きな柱となった。しかし、持ち家政策の原動力であった人口や世帯の増加と経済成長が見込めなくなった「成長後の社会」において、日本の住宅事情はどうなっていくのか。
 第6章では、住宅ローン返済が終わったアウトライト持ち家を中心に、住宅土地統計調査や全国消費実態調査のミクロデータを再集計することで、住居費を差し引いた実質可処分所得AHI(アフター・ハウジング・インカム)や住宅・宅地評価額から負債現在高を差し引いた住宅・宅地資産額(エクイティ)などを算出し、持ち家層においても生活がさらに厳しくなっている現状を明らかにする。また一般世帯だけでなく、若年層と高齢層の現状や住まいの世代間継承による影響に対しても目配りを忘れず、分析をしている。ここまで丁寧に潰していけば、私としてこれ以上の注文はない。
 「あとがき」で「個人所有の促進ばかりに傾いた戦後住宅政策の『成果』として、住宅問題は、社会問題から個人問題に転化した。この本では、高齢者がさらに増える低成長の時代を迎え、住む場所をどうするのかを、社会レベルの問いとして位置づけ直そうとした」(P343)と書いている。もともとは新書としての依頼だったものが、単行本となってしまったそうだ。しかし本書の内容が建築・住宅研究者の中だけに留まっていてはもったいない。社会全体の課題として、もっと多くの人に「成長後の時代の住宅政策」について考えてほしい。そのためにも次はぜひ、新書版の執筆と発行を期待したい。平山先生もそろそろ神戸大退官が近付いているかもしれない。その集大成に相応しい内容の本である。

マイホームの彼方に (単行本)

マイホームの彼方に (単行本)

○政府の住宅政策がはたす役割の一つは、所得再分配を進め、より低所得の階層の住宅事情を改善する点にあると考えられてきた。しかし、新自由主義イデオロギーが台頭するにしたがい、低所得者向け住宅政策は縮小し、その再分配機能は衰えた。住まいの商品化をめざし、再分配を減らす住宅システムの政策・制度は、社会を再階層化する原因となった。(P32)
○日本の住宅政策の構成は、“階層別供給”から“市場化とセーフティネットの組み合わせ”に変化した。…新しい住宅政策が前提とするのは、社会の「内/外」への二分という認識である。…住宅市場の「外」に位置するごく少数の「特殊」な人たちのために、最小限のセーフティネットをつくる方針が示された。…住宅困窮を「カテゴリー」化する技術は、住宅政策のあり方…を…“脱社会化”し、さらに”脱政治化”する。(P228)
○持ち家ストックとその資産価値の世代間移転は、複数世代にまたがる家族を…「蓄積家族」…「食いつぶし家族」…「賃貸家族」に分割した。…持ち家の大衆化によって、中間層のライフスタイルが普及し、人びとの平等の程度が上がると考えられていた時代は、すでに終わった。…「開発主義的新自由主義」の住宅政策には、再分配の仕組みがほとんど備わっていない。…むしろ拡大するメカニズムを構成した。住宅不平等の構造を説明しようとするのであれば、その原因としての住宅システムの役割への注目が不可欠になる。(P322)
○さまざまな脱商品化住宅の「パッチワーク」の形成が日本の住宅システムを特徴づけていた。公共賃貸住宅の供給は少量のままであった。しかし、脱商品化セクターの一角は…低家賃の給与住宅によって占められた。…さらに、借家法は…民営借家における契約解除、家賃値上げなどを規制した。…若年グループでは、世帯内単身者が増大した。…高齢グループでは、脱商品化住宅としてアウトライト持ち家に住んでいる人が多い。…新自由主義の政策改革のもとで、住まいの脱商品化セクターは縮小した。しかし、成長後の社会では、脱商品化住宅をどのように確保するのかが問われ…論点になる。(P334)
○社会次元での持ち家に価値を認めるイデオロギーがあってはじめて、住宅と住宅ローンの購入を促進する経済次元のシステムが成り立つ。…住宅所有の商品化と金融化、そして市場化は…社会を再階層化し、不平等を再拡大した。住宅の経済側面は、社会側面からしだいに分離・自立し、肥大した。そして、持ち家促進の「経済プロジェクト」は、それ自体が拠り所としていた「社会プログラム」を壊すことで、自身を危機にさらすようになる。(P339)