建築の明日へ

 建築生産に関する研究者・松村秀一の最新刊である。とは言っても、もう1年近く前に出版されている。先日知ってあわてて購入した。(一社)日本建設業連合会の機関誌「ACe建設業界」で連載していたエッセイを中心に、いくつかのテーマにまとめて加筆修正したもの。肩に力を入れずに書かれた文章は非常に読みやすい。「次世代の建設業、建築界をどう構築するか」と書かれた帯が巻かれているが、これまでの研究の集大成的に、今後の建築界を展望する。
 「Ⅰ 新たな活動領域を見出す」は、「場の産業」から「利用の構想力」「民主化する建築」とこれまでの著作で論じてきたものを簡潔にまとめている。また、「Ⅱ アイデンティティを見直す」では、今後の建築業界を展望しつつ、平静の30年間について「実はそれほど大きな変革期ではなかったのかもしれない」(P77)と書いているのは興味深い。大きな災害と構造計算書偽装問題などがあり、法制度は大きく変わったが、それすらこれまでの研究成果等の延長線上で対応がされた。しかしこれからは違う。平成期の実績を踏まえ、今後こそ大きな変化が建築界に訪れるという見解には私も同意する。また、設計施工一貫の元請工務店に対する評価も興味深い。
 「Ⅲ 明日の建築人像を描く」では、今後の建築設計者やゼネコンの役割は「編集者」ではないかと言う。なるほど。逆に言えば、編集者としてしっかり存在感を示せないと、建築専門家の役割がなくなっていくのかもしれない。「Ⅳ 国境を越えていく」「Ⅴ 一人の生活者として感じる」は、コロナ禍で自宅に籠って、映画や動画を鑑賞しつつ馳せた思いなどが気ままに綴られる。今後の建築界はどうなるだろうか。本書全体を通じ、第一線を退いたからこそ思う気楽さが感じられる。気楽に読める一冊である。

○既存ストックが十分あるまち・時代において、人々の生活環境を豊かで楽しいものにするための投資は、「そこで何をやってやろうか」という空間利用者側の構想力、すなわち「利用の構想力」によって促進される。そこが、新築のまち・時代と違うところだ。…そして、…面的な広がりを持たせるためには、個々の利用の構想力を顕在化させ、組織化することが欠かせない。…それを学ぶことは、「希望を耕す」ことに繋がるだろうと私は確信している。(P32)
○平成の30年間、いろいろありはしたものの、実はそれほど大きな変革期ではなかったのかもしれない。…私見にすぎないが、この30年の大きな変化は二つ。建物の数の一方的な増加によるストック重視への大きな転換と、情報関連技術による不可逆的な変化、この二つである。…平成の中でも最後の10年間に、リノベーションやそれによるまちづくり、そして関連するビジネスは、全国のあちらこちらではじけた展開を見せた。この動きこそ、新しい時代の面白さに繋がっていくのだと思う。(P77)
○現代の工務店の後継者に大学等で建築学を修めた方々が多くいることを考える時、…元請工務店の一般的な仕事の担い方にはとても希望が持てると私は考えている。…建築に関わるコストの多重的な性格を操作する可能性を高める上でも、施工性等を踏まえた建材選択や各種性能実現を円滑に進める上でも、設計施工一貫の元請工務店という業態の存在には特長があり、建築を通じて自己実現したり、社会貢献したりする場として、若い方々の選択肢になり得ることに十分な価値と希望があると考えるのである。(P106)
○技術のプロフェッショナルである建築設計者やゼネコンの役割はもっと先鋭化しなければならないだろう。…私は編集者としての役割に期待をかけている。/個々の要素技術の核心が外部化し、さらにはオープンリソースとして情報化されると、それらを集めて建築全体にまとめ上げるまでのハードルは今より遥かに低くなるだろう。…ただ、数多ある要素技術のどれを選び、どれと組み合わせるのが、当該プロジェクトにとって一番面白く、効果があるかという点に関しては、能力と経験次第という面が十分に残り得る。編集の妙というものである。(P124)