平成都市計画史☆

 筆者の饗庭伸は、平成元年に大学へ入学したと言う。平成の30年間はまさに筆者自身の都市計画研究とともにあった。そしてバブルの真っ盛りからその崩壊、地方分権と民活・市場化、さらに本格的な人口減少時代の到来。その間には阪神淡路と東日本大震災という二つの大災害もあったし、二度にわたる都市計画法の改正や立地適正化法の成立もあった。この30年間で都市計画は大きく変化したのだ。まさに転換期。そして令和に入るとともに新型コロナのパンデミックが世界を襲う。振り返るに足る30年間と言える。
 そして筆者はこの振り返りを「都市にかけられた呪い」という見出しの第1章からスタートする。線引きと容積率。これを「規制」とすれば、それを解くための鍵は「広さ」と「設計」。この「規制」と「設計」がいかに機能しているかを見るために提示するのが「法」と「制度」。4象限図で説明するこれらの整理が非常にわかりやすい。
 「法」も「制度」も少ない「原野」から始まった都市計画の歴史は、まずは「法」が先行した「都市の成長」と、「制度」の成長が後を追った「都市社会の成熟」を経て、「制度」が「法」を凌駕し、市場化が進んだ「民主主義」へと向かいつつある。では今後、人口減が進む中で、都市計画はどこへ向かうのか。それを筆者は、十分な「民主化」の後に向かう「原野化」はけっして悪い姿ではないと予想する。筆者の楽観性は心を楽にする。私もそう願いたい。
 その最終章に至るまでに、まずは第2章「バブルの終わり」で、バブルへの対応が拙かったと指摘する。そこでうまく法や制度を構築できていれば、市場化のコントロールももう少しうまくできたのではないか。でも過ぎたことはしょうがない。第3章から6章までは、筆者がOSと呼ぶ「政府」「住民」「市場」の変化を追う。そして第7章から10章まではアプリケーションと呼ぶ、「住宅」「景観」「災害」「土地利用」の個別分野の変化について考察する。
 「住宅」分野については、「三本柱」から「市場とセーフティネット」へ移行したものの、重要性が増す「ストックのマッチング」へはまだ対応できていないと課題を指摘。また「景観」については、住民の「制度」を「法」が追いかけてきた変遷を説明する。「美しい都市が目的ではない」という指摘は絶妙だ。「防災」については、「土地利用」については・・・これらについては、先日の饗庭伸の講演会の方がわかりやすい。次は、この講演会の様子を報告したいと思う。
 非常にわかりやすく、しかも将来への視線も忘れない。都市計画史に残る著作になるのではないか。ポストコロナ後の都市計画が筆者の展望するように、うまく展開することを期待したい。

○法によって都市の縦横の拡大をおさえる呪いがかかり、それを制度による広さと設計で解くことができるのが成熟期の都市計画の最大の特徴である。…容積率と線引きの素晴らしいところは、それらの実現のために税の支出を伴わないことにある。…やがて…最初に呪いをかけた役人たちはやがていなくなり、そこには呪いだけが残されたのである。(P40)
○「コミュニケーションデザイン」から「アソシエーションデザイン」への変化が、平成期に行われた地区まちづくりからNPOモデルへのプロトコルの切り替えである。…平成期の間に都市計画を担う住民の制度は、「尖ったアソシエーションと弱いコミュニケーション」の組み合わせで構成されるようになったのである。…しかし、土地で結びつくのがコミュニティ、目的で結びつくのがアソシエーション…と考えると…たとえ目的がすべて失われたとしても、そこに土地は残り、そこにはコミュニティが残っているはずだ。(P148)
○平成期の住宅政策は…「三本柱」から「市場とセーフティネット」への大転換をとげた。…そして住宅の量的な充足にともなって…「フローの供給」の制度ではなく、住宅を必要な人と適切に引き合わせる「ストックのマッチング」の制度が重要になってきた。…よい都市とは、より多数のマッチングの制度を備えた都市である。…市場もセーフティネットもストックのマッチングの制度を発達させることはなく、その制度はまだ成長の余地を残している。(P211)
○建物の価値のうち、景観の価値だけは時間の中で増えていく唯一の価値である。…そして景観の都市計画とは…その増えていく景観の価値を元手にして……豊かな暮らしや豊かな仕事を手に入れることにある。…景観の都市計画の…本当の目的は「美しい都市を手に入れること」ではない。…私たちは、暮らしや仕事のためだけに…景観の都市計画をすればよいのであって…「目に映る全て」を美しい都市にする、という過大な目的は立てない方がよい。(P243)
○これからは二つの変化が考えられる。/一つは住民の制度と市場の制度がさらに増え続けるという変化…もう一つは、人口の減少とあわせて制度がゆっくりと減り、少ない法だけが残っていくという変化、…おそらくしばらくは最初の変化が起こり、やがては二つ目の変化が起こってくるということではないだろうか。民主化と、その先にある原野化である。…先行する民主化が原野化を規定するので、ここしばらくの、市場の開発業者、住民のアソシエーション、住民のコミュニティそれぞれが発達させる設計と規制の仕組みが、「よりよい原野」のありようを規定していくのだろう。(P352)