新築がお好きですか?☆

 「未来の住まい」を読んだ際に、「最近、住宅問題に注目する社会学者が増えている」と書いた。本書の著者である砂原庸介氏は政治学者である。本書では、日本における様々な法律や規範・慣習などの「制度」が、持家住宅の新築取得を中心とした「持家社会」を形成してきたとして、現在の制度に至った経緯を追うとともに、今後「負の資産」となる可能性が高い空き家や地域の空洞化などの問題を取り上げることで、いかに「制度」を変化させるべきかを考察する。
 飛び抜けて意外な提案や主張をするわけではないが、現在の日本の住宅事情と社会情勢を踏まえ、現実的で可能な方策について提言をしている。「持家住宅か賃貸住宅か」という小見出しから始まる「第1章 住宅をめぐる選択」から、「第2章 住宅への公的介入」、さらに第3章以降は「広がる都市」、「集合住宅による都市空間の拡大」と人口増加時代における住宅・都市の変化を追い、「『負の遺産』をどう扱うか」と題する第5章では、空き家と災害時の住宅対応について論じる。そして「終章 『制度』は変わるか」で、今後の政策方針について提言を主張する。
 もともと本書は、ブログ「Chikirinの日記」の「住宅政策に関する議論の予習」の中で紹介されていたもので、「読んでみたら、ものすごく中身の濃い本だった」と書かれ、ブログ記事の中でサマリーも載せられているが、Chikirinなりの理解と表現でまとめられており、大筋で間違いはないものの、本書の中で筆者が主張している今後の方向の部分はまったく記述されていない。また、内容も「ものすごく中身が濃い」というよりは、現在の日本の住宅課題に応じて「わかりやすくまとめられている」という感じだが、一般読者向けには十分すぎる「濃い内容」ではある。
 現在の持家社会を作ってきた「制度」をいかに変えるべきかという点については、「新築住宅の建設を抑制」し、「中古住宅市場の育成」と「賃貸住宅に対する家賃補助等による支援」により、人々の移動可能性を高め、所有権に固執しない「制度」が必要だとするが、それを政策的決断にのみ期待するのではなく、人口減少が新築住宅を巡る経済条件を変化させることで、人々の選択も徐々に変化していき、新しい「制度」へと変化するのではないかと予測し、こうした長期的な移行のプロセスを支援・助長するような施策の実施を提言してる。
 全くもって穏当である。懸念されるのは、政治がこの社会的に不可欠な「制度」変化の足を引っ張る状況にならないかということだ。その意味でも、本書は政治学者が執筆したものでもあり、現在の住宅問題が直面する状況についてわかりやすく書かれていることから、少しでも多くの人々、中でも政治家には読んでおいてもらいたい。既に発行後、2年半が経過する本ではあるが、Chikirinが取り上げたことで、より多くの目に届く機会になればいいなと思う。

○規模の大きい賃貸住宅や中古住宅の供給が行われにくくなるという「市場の失敗」が生じるが、政府がそれを是正するような介入を行ってきたわけではない。むしろ、新築住宅を中心とした持家による住宅更新を優遇することを通じて、そのような傾向を強化してきたとも言えるだろう。また…政府は民間事業者が住宅を通じて大きな開発利益を得ることを許容する傾向にあり…供給面からも下支えすることになっていたと指摘することができる。(P57)
○相対的に安い金利で、相対的に安い住宅を購入することができると言っても、それを可能にする一定の所得は必要である。反対に言えば、そのようなかたちでの住宅取得が困難な人々を支援すべき政治は、十分な役割を果たしてこなかった。…家賃補助は行われず、市場を通じた持家取得への依存は、住宅更新に持家の購入を必然として、賃貸住宅を相対的に劣悪な状態に留めるという、二元モデル=持家社会という「制度」を是正するどころか、より強化するものになった。(P98)
○「負の資産」となった分譲マンションをどのように解体するか…最も単純な解決方法は…管理組合に解体までの責任を負わせることだろう。…しかし、本来…費用を負担すべきは必ずしも区分所有者だけではない。もともとその土地を開発して莫大な開発利益を得たディベロッパーや、建て替えて新たな開発利益を得ようとする開発者がいれば、それらを含めて負担の配分が議論される必要がある。(P170)
○都市を拡大させて新築住宅を増やす一方で、建設した住宅を中古住宅として売却することを前提としていないために、多くの人々は購入した住宅を所有し続けることになる。その結果として、利用されない住宅は空き家として「負の資産」となっていくし、災害で「負の資産」が発生しても、持家があるその地域での再建を試行し続けなくてはいけない。そうした拡大し過ぎた年を再度集約することができないために、政府は「負の資産」が生み出す問題に、個別に対処療法的に取り組まざるを得ないくなるのである。(P214)
○人口増加から人口減少への変化が、人々の住宅をめぐる選択を変えていく可能性があると考えられる。…中古住宅として売却することも難しく、地域によっては「負の資産」と化すリスクがあり、外部性に対処するための負担を求められるようになることで、新築住宅を購入するという選択の費用が大きいことを人々が認識するようになれば、「制度」は変わる可能性があるだろう。(P222)
○中古住宅市場の育成や、賃貸住宅に対する家賃補助の拡充などを通じて、購入した住宅を売却する機会があったり、新しい住宅として賃貸住宅が利用できたりすれば、人々は移動を行いやすくなる。…日本における持家社会という「制度」の元で所有権が強調されることは、住宅にかかる費用が大きくて移動が難しいことの裏返しだとも考えられる。永住する「終の棲家」を前提とせず、ライフスタイルに応じた住み替えを促すことができるようになれば、所有権を強調しない新たな「制度」が現れるかもしれない。(P228)