経済学で考える 人口減少時代の住宅土地問題

 都市住宅学会は、建築や都市計画だけでなく、法学や経済学、社会学などの異なる専門領域の研究者も参加し、都市・住宅に係る諸課題について学際的・総合的に研究を進める場として設立された。そこで、その機関紙には、建築系以外の専門家の論文もよく掲載されている。中でも経済学者の中川雅之氏はその中心として活躍され、論文も多く掲載されている。元々、国交省職員だった経歴もあり、現在でも住宅局の政策に対して一定程度の影響力があるのではないだろうか。
 本書は、タイトルにあるとおり、住宅土地問題について経済学の手法を用いて考えてみようとするものである。扱っている住宅土地問題は、①安全な生活、②豊かな生活、③安定的な生活、④快適な住まい、の4つの目標に対して、それぞれ3つずつ。「災害対策」、「空き地・空き家問題」、「住宅セーフティネット」/「都市集積」、「郊外の土地利用転換」、「東京一極集中」/「コンパクトシティ」、「相続税問題」、「高齢化対応」/「持ち家・借家問題」、「既存住宅の流通」、「マンション建て替え」の12課題について、経済学的アプローチで現状の説明や将来予測と今後講ずべき対策等を記述している。
 ただし、当然ながらそれぞれの課題にはそれぞれの要因や経緯があり、経済学だけで単純に結論が出せるものではない。冒頭の「刊行にあたって」で「住宅土地問題を取り扱った教科書」という紹介がされているが、本書ではそれぞれの課題に対して「経済学的手法を披露する」といった意味合いが強いのではないか。一刀両断でわかりやすい反面、強引な仮定や断定もあって、結論には「はい、そうですか」とそのまま受け取りにくいものも多い。何かだまされたような気がする。また政策実行者の立場に立てば、「それを説明し、理解を得て実行するのは簡単ではない」と感じる提案も多いのではないか。
 以下に引用したものも、そうした課題に対する記述が多い。例えば、「公営住宅は下級財だから、最低限の質でよい」という議論は、確かにそういう面もあるだろうが、その理由が「不正受給をチェックする能力の欠如」にあるとすれば、同ページにある「マイナンバーの普及」をその解決法とするのもすぐに肯定はしがたいが、一面的な見方だとは言えるだろう。東京都は出会いの場だから、「首都集中を抑制すると却って出生率を低下させる」という意見も、もう少し丁寧な議論や調査が必要だろうと思う。一方で、「相続税が法人によるアパート経営参入の阻害要因になっている」ことや「区分所有法の改正」提案は確かにそのとおりだろうとも思う。
 それにしても、経済学者はどうしてこれほどまでに断定的に議論し、記述できるのだろうか。本書では、行動経済学も紹介しつつ、合理的に判断し行動する人間という仮定に対して一定の留保はしているのだが、それすら断定的に感じてしまう。人間はもっと複雑だし、世の中はさらに複雑だ。それでも、経済学を専攻する学生が本書を教科書として読み、土地住宅問題について考える機会になれば、それはそれでよいのだろう。同様に、建築・都市問題の専門家にとっても、多少は刺激になるかもしれない。住宅土地問題にとって、経済学は万能ではないが、経済学的視点が不要でもない。他分野の専門家が集まって議論を重ねるのはけっして悪いことではないことは確かだ。

○普通の財は、所得が上がれば需要が増えます。これに対して、下級財とは所得が上がれば需要が減少する財を指します。…すると、市民生活を送るうえで最低限の機能を備えてはいるが、「とても良質」とは言えない公営住宅は、下級財によって再分配をしていることになります。…十分な所得や資産をもっている人は、下級財である住宅への入居を希望しないため、不正受給問題は…発生しない…。/言いかえると、下級財と言えないようなぜいたくな立地、間取りの住宅は再分配として用いるべきではないのです。(P89)
○効率的な出会いの場であると考えられる東京都は、その他地域から未婚者を集めてマッチングをする場になっています。しかし、転職などのコストが高いため、成立したカップルはその他地域に帰ることなく、東京圏周辺で生活を送るという姿がみえてきます。…したがって、東京都への人口集中を抑制することは、出会いの場を失うことになりますので、かえって社会全体の未婚率を高め、ひいては出生率を低下させることになります。(P159)
相続税対策として、アパート経営や…マンション投資の収益率は高くなり…結果、土地需要やマンション需要が増えるので地価や…マンション価格は上昇します。他方、…賃貸市場でのアパート供給が増加するため、家賃は低下します。…家賃は下がり…価格が上昇する結果、…機関投資家にとって…マンションへの投資はけっして割に合うものではないことがわかります。…この意味で相続税は…法人の…アパート経営への参入を阻害していると言えます。(P208)
○現在は、高齢化の影響が人口減少の影響よりも強く出ているため…ある程度の効率性を確保しながら、ケアサービスを供給することが可能かもしれません。しかし、将来においては…効率性が、一層低下する可能性が高いと考えられます。…人口減少、少子高齢化という環境下で、高齢者の生活の質をできるだけ高いものとするためには…都市計画的な手法で、医療・介護・福祉施設とともに、意識的な高齢者の集積を明示的に考えた政策パッケージを検討していくことが必要だと思われます。(P224)
○築年数が経つにつれて・・・区分所有建物価格の下落するスピードは賃貸専用アパートと比較して速いことがわかります。…両者の差額は、合意形成上の問題によって引き起こされる建て替え問題の費用を意味していると考えられます。…区分所有法を改正し、建て替えの賛成者が反対者に対する補償を負担する方法を改めたうえで、米国の解消決議の導入も含めて、いくつかの方策を組み合わせていくことが、マンション建て替え問題を解決するために必要であると考えられます。(P296)