またいつか歩きたい町

 森まゆみさんには、30年以上前に、福井県越前大野で会ったことがある。確かHOPE計画の全国会議だったと思うが、前日に雪の中を「小清水」まで見学に行ったところ、同年代の女性が来ていて挨拶をした。その後の講演会で、あれは森まゆみだったと知った。20年以上前、谷中学校の関係者と知り合いになった時に、「谷根千」の雑誌を始めて手に取った。森まゆみも創刊者の一人だ。その後も、森まゆみの名前を見るたびに、なるべく本を読もうとするが、評伝など難しいものも多く、なかなか終わりまで読み終えることができない。でも写真の豊富な本書はぼちぼちと読み進めることができた。
 「私の町並み紀行」という副題だが、美しい町並みを紹介する本ではない。美しい町並みを愛し、守り、育ててきた人たちを紹介する本だ。町並みは人が住んでいてこそ美しい。そのことを森まゆみはよく知っている。私が訪ねたことのある町もあれば、行ったことのない町もある。いや、知らない町の方が多い。行ったことのある町でも、筆者のような交流は経験していない。雑誌掲載のための取材という側面もあるからだろうが、町並み保存のキーパーソンと話ができるのは羨ましい。もっとも私が彼らに話しかけても迷惑なだけなので、私はただ彼らが育てた町並みを旅人として味わうだけ。
 いや、家庭の事情もあり、当分は町歩きもできそうにない。こうして全国のさまざまな町並みと営みを知られるだけでうれしく、たのしく思う。また、こんな旅がしてみたいものだ。

○路地連新潟を作ったのだけど、「路地なんて貧乏くさい」という人もいた。どうして自分の町に誇りが持てないのか不思議でした。/研究者を中心に、一級品の建築を残して文化財にするのはいい。…でもそれだけでは足りない。普通の人が自分の町をいいと思わなければ町並み保存は根付かない。まずは町を歩こうと。…あくまで住民主体、そうしたら行政の方から『僕たちも乗りますよ、応援しますよ』と言ってくれた。(P032)
○私には油やがある。…1回来ただけではわからない。2度目に来ると前のことを思い出して懐かしい。追分にいると、立原とゆかりのある、私の出会った人のあれこれを思い出す。…思い起こすぼんやりした時間がこよなく大事に思える。立原の詩を読めば、信濃追分の景色が見えてくる。/それには夏の終わりか秋が良い。(P053)
○塩屋中の物件をよく知っているアリさんは、どこかが空けば住みたい人に紹介しているらしい。「まちづくり、って言葉嫌いなんです。ありのままの塩屋、手を入れなくてもいい、リノベしないでいい、そのままで、前からあるものを大事にしたい」というのも我が意を得たり。(P059)