韓国における集合住宅供給とリモデリング

 都市住宅学会中部支部の講演会で、椙山女学園大学客員研究員にして、韓国で大韓住宅公社住宅都市研究員研究委員や韓国建設交通省中央建設技術審議委員などの要職を務めてきた趙美蘭(Jo Miran)氏から、韓国の集合住宅供給のこれまでの経緯と、氏が提唱し韓国で爆発的なブームとなっている「リモデリング」という手法の内容と実態について話を伺った。

 趙先生からは日本語で話していただいたが、東大で博士号を取得後、韓国に帰国し15年を経過しているということもあり、微妙な表現の部分でうまく理解できなかったり、ハングル語混じり一部中国語風の日本語が表記されたパワーポイント資料で意味がわからない部分もあったが、丁寧な説明で楽しく聴講した。

 世界に二つしかない「人工の森」のスライドから始まり、「国土の70%が山である韓国」で、山から墓地、竹林、家、内野原、小川、外野原、河川と連なる風水に基づいた囲繞性とリズム感のある伝統的な都市構造や、自然を取り入れ開きつつも微妙に目隠しを入れる韓国伝統の家屋や都市の様子をスライドで見る。それは豊かで美しい光景であり、国土と伝統を愛する趙先生の気持ちが伝わってくる出だしであった。

 中庭に突き出す煉瓦積みのオンドルの煙突がしゃれていて、「このモチーフを生かした集合住宅も建設されています」という話に続いて、現代的な韓国集合住宅のいくつかが紹介され、おもむろに韓国の集合住宅建設の経緯を語るパートに移っていく。

 先生によれば、韓国の経済的側面から見た住宅建設の時代は、朝鮮戦争後、7つの時代に分けられると言う。1961年までの初期建設の時代、1962~1972の工業化・近代化とともに大韓住宅公社等の公的部門により集合住宅団地が積極的に建設された時代、1973~1979年の高度成長とアパートブームの時代、さらに1980~1986年の経済沈滞と住宅建設不振の時代を経て、1987~1996年の経済好況と住宅市場の成長、1997~2004年の経済危機の克服と乱開発の時代、そして2005年以降現在に続くバブル経済に伴う住宅不安の時代。この時代区分に従って詳細に解説されたわけではないので、それぞれの時代の内実をしっかりと把握することはできなかったが、朝鮮戦争後、急激なソウル集中が起こり、公的セクターに十分な資金留保がない中、大韓住宅公社が中心となって、建設前に分譲代金を受け取る「先分譲制度」と言われる方式により、大量の集合住宅建設と団地開発が行われたことがわかる。また初期には、集合住宅への居住が毛嫌いされ、芸能人や学者等に率先して住んでもらうようなキャンペーンが行われたという話も面白い。

 スライドでは、1957年に韓国で初めて民間自力で建設されたジョンアム・アパートや1962年建設の国内最初団地型アパートであるマーポー・アパート、清渓川(チョンゲチョン)の河川改修と高架道路建設に伴う再開発により1969年に建設されたサンイル・アパート、1969年建設のジョンロ市民アパートなどを見せてもらった。いずれも今は撤去されたと言う。いずれも日本以上に近代的な姿をしており驚いた。

 1979年の通貨危機、第二次オイルショック以降、韓国経済が低迷し、住宅建設が不振に陥る。こうした状況の中で、壁式コンクリート構造の集合住宅が多く建設されるようになり、4階建て以下の連立住宅(韓国ではアパートと言えば5階建て以上の修道住宅を指す)や多世帯住宅(200坪以下の小規模集合住宅)、多家口住宅と呼ばれる区分所有できないタイプの住宅などが登場した。その後に続く1987年からのソウルオリンピックに向けた経済好況の時代には、建設目標200万戸の5箇年計画が策定され、爆発的に住宅建設が進められた。この時期には、外国からPC工法の住宅設計図面を大量買い付けし、中身もわからないまま大量に建設したり、海砂の使用など劣悪な施工が横行した。また政府もインフラ整備の予算がないため、住宅開発業者に道路や公園整備を義務付けつつ、こうした民間の住宅大量建設を後押しした。

 趙先生はその後の1995年頃に帰国し、大韓住宅公社で住宅改修により住み易い住宅に改造するリモデリングを提唱したが、この時期の劣悪な住宅のリモデリングは基本的に行うべきではないと言っている。しかし、政府が建替を原則禁止したため住宅価格が高騰し、かつて750万円位で分譲された住宅が今は中古で1億円近い価格を付けるなどの状況になっており、無理なリモデリングが横行していると指摘された。

 韓国では戦後急速な都市集中が起こり、ソウルの人口は1960年の約250万人から1991年には約1,100万人まで急増した。その後は漸減が続いているが、依然全国の1/4の人口が集中している。ソウルの住宅は集合住宅形式がほとんどで、ストックベースで2/3、フローベースでは8割以上に上る。これらのほとんどは分譲住宅で賃貸住宅はほとんどない。ただし、分譲されたもののうちの多くはチョンセと呼ばれる保証金方式の賃貸住宅として市場に供給される。チョンセとは、分譲価格の半分程度の保証金を預け、住宅を賃貸するもので、貸し主は保証金を運用して家賃相当の利益を得る仕組みとなっており、退去時には保証金を全額返還する。こうした独特な習慣の中で、次に説明するリモデリングが活発に取り組まれている。

 趙先生からは、先に、最近のリモデリングの事例が批判的に紹介され、その後で先生が初期にパイロット・プロジェクトとして取り組まれたオサン外人賃貸アパートとマポーヨンガン・アパートの事例報告があったので若干わかりにくかったが、先にパイロット・プロジェクトについて紹介する。これら二つの事例では、複数の住棟で約3ヶ月毎にころがし方式により改修工事が行われ、2戸1改善やメゾネット形式からフラット形式への改造などの大胆な間取り変更と内装工事や外部空間の改修が行われ、非常にきれいになったことが示された。こうした事例が「LOVE HOUSE」というテレビ番組で放送され話題となり、リモデリング・ブームが巻き起こった。

 民間で取り組まれた事例では、バルコニー部分を内部化して居室にしたり、高層の片廊下を潰して居室にし、2戸ごとにエレベーターと階段を設けるなど、非常に大胆な改造が行われている。構造的な信頼性や駐車場不足が深刻な中でさらに高容積化することへの批判など、趙先生からは「本来建替をすべき住宅がリモデリングされており、非常に不安だ。」と訴えていた。

 最初は、ようやく最近になって都心を中心にリノベーション・ブームが起きつつあるが、地方では依然としてスクラップ・アンド・ビルドが主流の日本の現状に対して、リモデリングが広く普及する韓国を先進的事例として紹介する内容かと思っていたが、その批判的な論調に少しびっくりした。居住の安全性や伝統からの乖離などの問題はわからないではないが、なぜ韓国ではリモデリングがこれほどまでに普及したのか、逆に興味がある。チョンセの伝統や供給者中心の大規模事業に国民が慣れていること、また大都市集中が続き住宅高騰に歯止めがかからない状況など、韓国独自の文化と法律体系、社会経済的な背景の中で起こっている現象だと言え、これを日本にそのまま移入することは難しいのかもしれないが、今後、築年数の経過した分譲マンションが加速度的に急増する日本において、研究する価値があるかもしれない。もっとも既に2戸1改善や増築などは公営住宅公団住宅などで20年以上も前から取り組まれており、また最近は全面的改善(トータルリモデル)に取り組む自治体も出ている。分譲マンションにおいてこうした手法に取り組むには、住宅所有や又貸しの状況、チョンセの習慣など、日本では難しい状況が多くあるような気がする。

 今回、趙先生の講演を受け、これを契機にこれまでほとんど知らなかった韓国の住宅事情についてHPなどで少し勉強させてもらった。最後の質疑応答の中で、国によってトイレの形式もすごく違うことなどを例に、文化の違いとそれを反映した住宅施策の難しさが話題となったが、実にそのとおりであり、日本の現状と国民感情や文化に根ざした住宅施策が必要なことを実感した。