賃貸マンションの一棟リノベーション

 先日、住友林業(株)が展開する一棟リノベーション分譲事業を見学する機会があった。住友林業では「フォレスティア」というブランド名をつけて全国展開を始めている。見学したのは愛知県長久手市の「フォレスティア藤が丘」。地下鉄東山線終点の藤が丘駅から徒歩14分、リニモのはなみずき駅からは徒歩8分。2012年に市制に移行してからも順調に人口が増え続ける長久手市の中では、好立地といえる場所にある。もとは総戸数46戸、築20年、RC造7階建ての賃貸マンションを一棟ごと買い取って、共用部をリノベーションするとともに、空き住戸が出るごとにリノベーションして分譲をしている。分譲開始から約1年10ヶ月、概ね半数の住戸は既に分譲済みで、現在は賃貸住戸と分譲住戸が混在している状況にある。
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 分譲価格は同立地・同規模の新築マンションの約8割を目安に価格設定をしているそうだが、この分譲マンションの最大の売りは、共用部を豊かな共用空間としてリノベーションしている点にある。最近では中古マンションの住戸を購入してリノベーションしたり、業者がリノベーションしたマンション住戸の分譲も増えているが、この場合、共用部分に手をつけることはほとんどない。この事業では、一棟購入した後に、まず共用部のリノベーションを行い、それから住戸の分譲を行うので、共用部が新築マンションと変わらない設備や外観となっている。
 この「フォレスティア藤が丘」の場合も、玄関をオートロックにして、宅配ボックスを設置するとともに、玄関横の自転車置き場は地域の方との待ち合わせにも利用できるアズマヤに改修。また1階の1住戸はチャノマラウンジと称して居住者が自由に利用できる共有スペースとしている。さらに住棟南側の屋外空間はフェンスを作って外部からは侵入できないようにした上で、実の生る木や花壇、ヒューム管を埋めた秘密の横穴まである、起伏に富んだ「ハグくみの庭」として整備している。また駐車場の一角にはカーシェアリングも1台ある。
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 分譲を始めるにあたっては管理組合を設置し、管理規約や修繕計画も整備した上で販売を開始している。基本は内装を終えた上での分譲だが、間取りや内装のフリーセレクト・フリープランにも対応。場合によっては、内装工事は購入者が実施するスケルトン分譲も可能としている。これまでの事業では、概ね3~4年で売り抜けることが多いが、その間、賃貸住宅の入居者には、住友林業が貸主となって基本的にはこれまでと同条件で入居が継続できるようにしている。ちなみに共用部リノベーションと合わせて、賃貸住戸も手すりやドアホンなどを設置させてもらうこともある。全戸分譲後は住友林業としては権利がなくなるが、関連会社が管理会社として関わっていくことが多い。自治会活動については入居者にまかせている。
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 事業的に最も気になるのは、どうやってこうした賃貸マンションを入手するのかという点だが、相続対策として建設したが、次第に空き家も増え、オーナーも高齢化する一方、子供たちには「相続したくない」と言われ、処分を考えている賃貸マンションがけっこうあると言う。また社宅を購入する例もある。購入物件は新耐震基準以降の建物に限っており、劣化状況の調査も第3者機関により徹底して行うと(一応)言っていた。ちなみに分譲住宅は必ず既存住宅売買瑕疵保険の加入する他、物件によっては既存住宅性能表示や適合リノベーションR1住宅の取得も行う。
 賃貸マンションや社宅の購入は入札になることもあるが、新築マンションメーカーと競えば、価格的に勝てることが多い。それよりもこうした仕組みを従前のオーナーに理解してもらうことの方が大変だったようで、いくつか先行事例を作ってようやくここ2年ほどでシステムが順調に回りだしたと言われた。ちなみに最近は同様の事業に取り組む住宅事業者等もあるが、場合によってはこうした業者相手にコンサルタント業務も行っているとのこと。
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 実際に見学させてもらうと、共用部分のリノベーションが大きなアドバンテージになっていることがわかる。たまたま3戸、リノベーションが完了して分譲中だったが、かつては同じ間取り、同じ面積だったとは思えないほど、バラエティに富んだ間取り・内装となっている。賃貸住宅時のリノベーション前の住宅も見せてもらったが、普通によくある住戸でこのままでも何の問題もない。また、既存の内装をすべて取り払ったスケルトン状態の住戸も見学させてもらった。たまたま最上階の住戸だったが、小屋裏を利用してロフトもできるかもと想像力を膨らませる。通常、来場者にはリノベーション済みの完成住戸とスケルトン住戸を見てもらうとのことだが、自由に間取りや内装を想像できるというのは、先日読んだ「ひらかれる建築」の「第三世代の民主化」を思わせる。
 既に住宅数では充足し、空き家が多く発生する中で、既存住宅を活用し、かつ入居者には新築と何ら変わらない質の住宅を提供するこの事業は、まさに時代の要請に応えた意義のある事業だと感じた。今後のさらなる展開を期待したい。
 一方、管理組合を適正に設置するとはいえ、区分所有マンションには将来的な不安も大きい。この事業で最も注目されるのは、共用部のリノベーションを行っているところだが、分譲マンションの共用部のリノベーションをいかに行うかはこれからの大きな課題となる。もちろん管理組合が適切に機能すればいいのだが、ある程度の規模の住宅事業者が経営的に取り組むことのできる仕組みを考えてみたい。この事業はそのための参考にならないだろうか。