ベルリン・都市・未来☆

 「アーティストやハッカー、DJ、ネオ・ヒッピーたちは、いかにベルリンの再生とソーシャル・イノベーションを引き起こしたのか? 近年、スタートアップ都市として注目を集めるベルリンを、「創発」という観点から描く。」
 図書館の内容説明に、上記のように書かれていた。ベルリンって、今、そんなに注目を集めているのか? そもそもスタートアップ都市って何? 創発とは? でも何か面白そう。一昔前のソーホーみたいな感じか? 興味を持って読み始めた。
 いくつかのメディアに掲載された文章を集めた感じの本書は、必ずしもわかりやく現在のベルリンの状況を伝えてくれるわけではない。そもそも筆者の武邑光裕氏が何を専門とする人かわからない。「メディア美学者」と肩書がついているが、きっとその分野では有名な人なのだろう。現在、ベルリン在住だ。
 加えて、この分野独特なのか、それとも単に私が知らないだけなのか、理解できないカタカナ言葉が氾濫し、よく実態がわからない。まず「スタートアップ」とは何なのか? 本書によれば「会社を起業しただけでなく、すでにベンチャーキャピタルなどからの投資を確保し、飛躍的な成長が期待される新興企業を表現する言葉」(P183)と説明されている。
 本書によれば、ベルリンは東西の壁が破壊されて以降、当初は政府による「メディアシュプレー」計画により、世界のグローバル企業を誘致する都市再開発が企図されたが、市民運動などで頓挫すると、旧東ベルリンに残された廃墟などをアーティストなどが無断占拠し、また放棄された巨大な倉庫がテクノ(ダンスミュージック)のクラブとして利用される中で、ネオ・ヒッピーと呼ばれる起業家らのギグ・エコノミーによるベルリン発の新しい経済と産業が生まれてきている。ちなみにギグ・エコノミーとは「インターネットを通じて単発の仕事を受注する働き方により成り立つ経済形態」であり、彼らの「創発」や「共創」を促すコワーキングスペースがベルリンには多く存在し、中でも「ホルツマルクト」は象徴的場所となっている。
 2章「現在のヒッピー資本主義」では贈与経済が語られ、3章「ソーシャル・イノベーションのレシピ」では、フィンテック革命(ICTを利用した金融サービス)やシェアリング経済、ビーガン(絶対菜食主義者)などがベルリンでいかに花開きスタートしたかが紹介されている。また6章「クラブカルチャーと地下の経済」ではテクノの聖堂「ベルクハイン」を中心にシーン・エコノミーが語られ、7章「ベルリンからみる『都市』の未来」では、IoTの進化に伴う所有経済の終焉が暗示される。
 ということで、今ベルリンはトンデモないことになっているようだが、実際どんななのだろうか。もちろんあまりに最先端過ぎる話ではあるが、グローバル企業誘致を中心とした再開発が頓挫した後の都市活性化の事例としては興味深い。筆者はメディア美学者(?)としてこうした状況を経済的な視点から評価しているが、都市計画的にはどう考えたらいいのだろうか。ネット社会が進む中で、都市構造も大きな修正が迫られているように感じるが、未来の都市、未来の都市計画はどうなっていくのか。
 ちなみに出版社である太田出版の書籍説明には以下のように紹介されている。
 「シリコンバレーの時代は終わった―。 新たな都市のスタンダードは、すべてベルリンから生まれる!」

ベルリン・都市・未来

ベルリン・都市・未来

○ベルリンを復興させたのは20世紀末の「天使」だった。1990年以降、アーティストやハッカー、DJ、そして起業家という名の「天使」たちが次々にこの地に舞い降り、東西ベルリンはともに復興を目指すことになる。この時、ベルリンという都市の前例のないスタートアップが始まった。(P28)
○現代のソーシャル・イノベーションは、商業市場を活用して、カウンターカルチャーのマージンから主流文化へと移行する。ごく限られたコミュニティが生産し消費する経済は、ギフトエコノミーやシェア経済の市場が拡大するにつれ、場合によっては投資家の助けを借りて、ニッチなスタートアップを形成することができる。……最終的な段階では、物流やマーケティングが動員され、大企業がそのモデルを採用すると、一度はサブカルチャーの限界に留まっていたアイデアが主流の経済に変化するのだ。(P132)
○壁に分断された28年は、欧州で最も停滞した都市ベルリンを図らずも作り上げた。……新興企業にとって、インターネット後のデジタル経済活動の障壁となる既存の産業構造がないことが、ベルリンを21世紀型のデジタル駆動経済へと一気に変貌させた。(P185)
○1990年代、他の先進都市に比べ30年は遅延していたベルリンは、壁崩壊後、ドイツの首都にふさわしい都市再開発を急いだ。しかし、ドイツ政府の思惑を内省し、ジェントリフィケーションに対抗する市民運動などが絡み合い、ベルリンはどこにもない都市へと「進化」してきた。ネオ・ヒッピーと呼ばれる起業家が創出する楽園的エコシステム「ホルツマルクト」や、テクノ聖堂「ベルクハイン」をシーン経済の頂点に昇華させたクラブ経営者……世界中のハッカーたちが一度は訪れる「C-Base」の役割なども、ベルリンにしかない独自のエコシステムであり、これら多彩なエコシステムからもベルリンのスタートアップは生み出されている。(P196)