コロナ禍で、都市の意味と役割を再考する

 これも1ヶ月以上前の講演会の記録。コロナ禍における新たな都市の在り方について、名城大学名誉教授の海道先生から話を聞いた。と言っても、海道先生がこの分野で先進的な研究をしているわけではない。というか、そんな研究者はどこにもいない。多くの識者がコロナ禍で都市の形や意味が変わってくると言い出した。国も、この3月に公表した住生活基本計画の検討過程で、社会資本整備審議会住宅宅地分科会で「新型コロナウイルス感染症拡大の住まいへの影響」について議論をしている。海道先生も最近、ある機関から意見を聞かれる機会があったそうだ。その際にまとめた資料などをベースに講演をされた。
 昨年3月以降に提唱された「新しい生活様式」、各国の現時点での感染状況、日本国内の感染状況、そしてこれまでの感染症の歴史を振り返りつつ、①地球環境問題、②都市型社会、③グローバリゼーション、④高度情報技術社会など、まずは都市論を考えるための背景を整理する。都道府県別の感染状況を示す中で、感染症拡大にかかる地域空間条件が見出せないかと検討する。①人口密度、②都市・住宅要件、③人々の生活行動の流動性。「人口密度」については、DID人口密度が感染者数と相関がありそうだ。「都市・住宅」についても、DID人口比率や住宅面積(狭さ)との相関は高い。さらに「生活行動」については、商業地地価や人口当たり流出入率との相関が高くなっている。東京や大阪で感染者が多い状況を見れば当たり前なデータではあるが、都市性の高さは感染リスクを高める。逆に言えば、新型コロナの感染を低下させるためには、都市性の低い地域構造を目指すべきか。あるいは、地方での就業や居住、社会活動を推奨すべきだろうか。
 基本的なデータと検討の方向性を確認した後は、様々に提唱される都市論などを紹介する。話題となった斎藤幸平の「人新世の資本主義」では、「気候変動もコロナ禍も『人新世』の矛盾の顕在化という意味で…どちらも資本主義の産物なのである」と書かれ、「資本主義によって解体されてしまった<コモン>を再建する脱成長コミュニズムのほうが、より人間的で、ぜいたくな暮らしを可能にしてくれる」と主張する。一方、ジェフリー・ウエストは『スケール』の中で「私たちは『都市新世』を生きており…都市の運命が地球の運命だ」と主張する。
 建築設計分野からは、北山恒が「未来都市はムラに近似する」の中で、「テレワークの経験は私たちの働き方が変わることを示している」「都市は集積することを止め、急速にローカルなネットワークに変容するかもしれない。…社会は経済活動を支える“都市”ではなく、生活を支える“ムラ”を求めている」と言う。
 東京都心の空き室率は上昇し、本社ビルを売却する企業も相次いでいる。今年3月には「『仕事・学び・暮らし』が混じり合うオフィス『目黒ビルプロジェクト』がオープンした。一方で、「リモートワークでは圧倒的に空間性と身体性が不足する」と中川純(東京都市大)が言えば、宮原真美子(佐賀大)は「職業雇用形態によって全く違う対応が迫られている。それは住居にも大きく影響している」と指摘する。東京都の人口も昨年7月以降転出超過が続き、今年の3月・4月は転入に転じたものの、5月からまた転出超過が続いている。アメリカでもリモートワークの広がりと低金利政策等により、郊外への移動が進み、住宅建設が活発になっている。大月敏雄(東京大)は「国はコンパクトシティを推進してきたが、通勤にとらわれなければ、ひとびとがばらばらに住んでもいいではないか、という反論がこれから起こるかもしれない」と語る。
 昨年12月に出版された「コロナで都市が変わるか」(学芸出版社)の中で、服部圭郎(龍谷大)は「公共施設や商業施設などへの徒歩でのアクセシビリティを高めること、都市施設や都市機能が分散されている都市のほうが、コロナ禍においては高い生活の質が享受できる」と書き、一方、同じ龍谷大の矢作弘は「私たちはもはや『環境負荷の過大な、移動を車に依存する、スプロールの郊外暮らし』に戻るわけにはいかない」と書き、「都市の密度とコロナ感染の広がりの間には、直接的な関係性はない」とするOECDレポートを紹介する。
 建築家の難波和彦が「コロナを契機に郊外へ住もうとするのは長年東京にいる人の発想。…何年か後には東京に戻ってくる」と言えば、交通系の羽藤英二(東京大)は「自動走行と自動物流によって超分散型都市へと、国土は大きく転換していくことになるだろうか」と述べる。同じく、都市・交通分野の家田仁(東京大)も「『コンパクト化は間違っている』と述べる人がいるが、これは…人口密度の水準を取り違えた議論だ」と指摘した上で、「これまで遅々として進まなかった事業を、強力に実施することが求められている」と述べる。また、文科系の識者からは「社会的接触行動の削減」が人間社会の文化的な基盤に深刻なダメージをもたらすのではないかという危惧が語られる。
 一方、アメリカでは、リチャード・フロリダは「偉大な都市はコロナウイルスから生き残る」と言い、ダン・ドクトロフは「パンデミック後、都市は…社会的包摂、持続可能性、経済的機会を強調したモデルによって導かれるだろう」と言い、ジョエル・コトキンは「都市は依然として人間社会に必要だが変化が必要だ」と言う。ヨーロッパでは、「ツーリズムに偏重した経済モデルの問題点と矛盾を顕在化させた」という意見がある一方、「公共空間の重要性」が指摘されている。「より健康的な都市への転換シフト」が語られ、自動車通行を禁止し、ストリートを歩行者用に転換するといった政策が多くの都市で取られた。OECDレポートでは「カルロス・モレノが提唱している『15分都市』が、生活、就業、供給、ケア、教育学習、娯楽の面で都市の生活の質とサスティナビリティで有効である」としている。
 その他、2020年10月にまとめられた「ロンドン再生計画」や土木学会からの提言、国交省の検討会での議論を紹介した上で、様々な議論を「A.新規な提案」「B.従前とは反対の方向性の議論」「C.従来から主張され進められてきたものの推進」の3つに分け、いまのところ「Cタイプが多い」とまとめた。
 その次に掲げた海道先生作成の図が興味深い。「社会的接触行動の削減」という目標に向けて、ロックダウンやイベント中止、飲食店の閉店時間繰り上げ等の手段が取られ、結果として都市レベルでは、ステイホームやマイカー・自転車・歩行ニーズの高まり、自宅・リモートワークやリモートコミュニケーションの増大、旅行者の激減、娯楽基盤の壊滅等の「実施(レベル1)」が現れる。その先に、「波及(レベル2)」と「展開(レベル3)」を設定。「波及(レベル2)」では、交通政策の再編、住宅立地・選択の変化、地方移住志向、企業の都心オフィスの削減と地方移転、情報通信環境の整備、観光関連産業の衰退などが現れ、「展開(レベル3)」には、健康都市政策や公共空間配置の見直し、職住サービスの立地再編と都市構造の変化、地方や郊外でも快適な生活環境、デジタル社会の促進、オーバーツーリズムの見直しと新たな観光のあり方などが並ぶ。十分に検討されていない気もするが、コロナ禍における人々の志向は都市構造へも波及し、新たな都市構造へと展開していく。
 最後に今後の変化と対応を3つに分けて予想。「企業行動」に関しては、就業形態・立地場所の変容が起こり、シェアリングや宅配などの新たな市場が建築・都市空間の変化・再編を促す。企業活動における都市の重要性に変化はないが、オフィス立地は多様化する。「都市計画」に関しては、公共空間の多様化が進み、地方移住・郊外居住等に対応した自治体政策が様々に展開。コンパクト+ネットワークの政策に大きな変化はないが、分散的な政策が推進する。「人々の価値観・行動」の側面では、日常的な行動はパンデミック以前に戻るが、働き方は変化し、自宅・リモート就業が増大。地方移住や二地域居住がより促進される。総じて大きな変化は起きないが、人々の意識がジワリと変容し、都市構造にも影響を及ぼすといった感じだろうか。
 そうした中で、研究的には、実空間での直接的交流の意味と必要性を問う「情報都市論」、道路空間の再配分とコモン的利用を研究する「公共空間政策やデザイン・マネジメント」、そして、郊外の構造と可能性を問う都市構造や都心論・界隈論を巡る密度論、15分生活圏に対応した機能配置論など、海道先生の専門である「コンパクトシティ論」も再検討を余儀なくされるだろう。
 以上、網羅的で、まだ様々な言動や発表等を観察している段階だが、コロナ後の新たな都市論の展開に向けて、しっかりと見取り図を描き、準備をしていることは理解できた。私もそろそろいくつか発行されている本でも読んでみようか。刺激になる講演だった。