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日本建築入門

 「日本建築入門」というタイトルだが、日本の建築物を古代から現代にかけて紹介する類の本ではない。日本らしい建築とは何か、日本の伝統は近代の建築物においていかに消化され、理解されてきたかを問う本である。そして日本の建築論が常に「日本らしい建築とは何かを問う」ことを中心に回ってきたことを考えれば、「日本建築『論』入門」と言い換えた方が適当とも言える。序章は以下の文章で締めくくられる。

○日本的なものを過剰に意識しなくてもよいのは、ある意味で平和な時代の証なのかもしれない。しかし、今やその前提も変わろうとしている。グローバリズムへの反動から、将来、日本らしさを求める風潮が、再び強まるかもしれない。したがって、現在と過去の事象を往復しつつ、どのような日本建築論が語られてきたかを改めて確認する試みが必要ではないだろうか。(P030)

 第1章以降は、「オリンピック」「万博」「屋根」「メタボリズム」「民衆」「岡本太郎」「原爆」「戦争」「皇居・宮殿」「国会議事堂」と続く。それぞれのテーマの中で新旧の話題が行ったり来たりして、現在の建築論の位置を確かめていく。
 「オリンピック」では新国立競技場問題を引きつつ、1940年の幻の東京オリンピック、そして1964年の東京オリンピックにおける競技場を巡る論説を振り返る。「万博」では大阪万博における丹下健三の万博広場の大屋根から他国で開催された万博における日本館を振り返る。前川國男、坂倉順三、ヴェネツィアビエンナーレ。「屋根」では帝冠様式、そしてポストモダンを考える。
 「メタボリズム」とは初めて日本が世界の建築界と並んだ思想だと捉える。批評家・川添登の功績でもある。そして「民衆」ではモダニズムは日本的な伝統だという捉え方に対して、「縄文的なるもの」という批判を対峙させ、次の「岡本太郎」の章に続く。岡本太郎がいくつもの建築作品を残していることを知らなかった。そして白井晟一を思い出す。
 「原爆」では丹下健三広島平和記念資料館を横目に、白井晟一の原爆堂計画、そして大江宏を紹介する。大江は丹下とは違った道から日本的なるものを考えた建築家だ。ついで「戦争」では、浜口隆一の批評を中心に、戦時下における国民建築について考える。日本建築において「国民」とはいかなる存在だったのか。さらに「皇居・宮殿」「国会議事堂」では、コンペを通じた日本的な建築への希求と理解を検証する。これらはいずれも戦前、明治・大正期の出来事だ。
 以上、次第に時代を遡る形で各章が置かれ、論証が進められていく。通常とは違う配置だが、現在の状況を確認してから、その背景、過去はどうだったかを検証していく形はかなりわかりやすい。このようなタイプの建築論があっただろうか。「建築論」史として稀有な本であると高く評価したい。

日本建築入門 (ちくま新書)

日本建築入門 (ちくま新書)

○「しかし外国からくる連中が、お前の屋内競技場はたいへん日本的だというんですよ。(笑)たいへんがっかりするわけです」。/むろん、本人賀意識しなく智、伝統研究が血肉化して、日本的なものが自然と発露したとも言えるかもしれない。・・・が、海外から見る日本建築の宿命という側面もあるだろう。実際、安藤忠雄石上純也のような現代建築も、日本人にとっては必ずしも日本的に見えないようなデザインではあるが、西洋人からすると日本的に感じられることが少なくないからだ。(P057)
○1960年の世界デザイン会議で登場したメタボリズムは、今なお、日本発のもっとも有名な現代建築の理論である。それは明治以降、海外の動向を追いかけ、模倣してきた日本の建築が、初めて世界の建築と同じ地平に立ち、共振を開始した歴史的な瞬間でもあった。(P140)
○近代以降、日本的なものをめぐる議論は、かたちを変えて、繰り返し語られる。そのあいだに様式中心の価値観が崩壊し、伝統的な建築との共通性が「発見」されたモダニズムが一段落し、和を再評価するポストモダンも終息し、国家も変容した。すなわち、各時代の伝統論を通じて、国の姿も逆照射されるだろう。そして日本的なるものの概念は、近代以降の建築界を活性化し、ドライブさせる動力源となった。(P270)