居場所としての住まい

 筆者の小林秀樹と言えば、つくば方式定期借地権住宅で有名だが、「ナワバリ学」と言われると、「何それ?」と思ってしまう。しかし、「あとがき」によれば、そもそも大学院生時代の研究テーマは家族のナワバリの研究だったそうだ。現在の千葉大に赴任後、再び研究を再開したという。

 「ナワバリ学」と言っても動物の生態学ではない。もちろん小林氏のこと、住宅や施設の利用者による領域研究といった意味だが、住宅の場合は家族の状況と切り離せない。まず、集団による領域決定のタイプとして、「順位制」と「ナワバリ制」があることを紹介。その上で、順位制・衡平制・領域制・共有制の4つの行動様式に、相互依存的か独立的か/水平的関係か垂直的関係かの二つの人間関係軸を組み合わせ、8つの集団タイプを説明する。

 封建集団・二律集団・能率集団・自立集団・棲分け集団・協同集団・友愛集団・温情集団の8つだ。このうち、日本の家族は、封建家族、温情家族、友愛家族の三つが混ざり合っていると説明する。家父長制を典型とする「封建家族」は依然残るものの、母親が主導する「温情家族」が多くなり、子どもの成長とともに母親と子どもの関係を中心とした「友愛家族」に変化していく。確かにわが家を振り返ってもそのとおりだと思う。

 これに対して、アメリカ中流家庭では、水平的集団主義を希求する「協同家族」をめざしつつも、子どもに対する親の権威が強く、かつ自立を促す「二律家族」であることが多いという。

 では、なぜ日本の家族は「温情家族」になったのか。それは屋内で靴を脱ぐ「床上文化」がその要因だと指摘する。なるほど。

 第4章以降は、上野千鶴子山本理顕らのLDK論争などを紹介しながら筆者が考える理想の間取りを語る「理想の間取りとは」、三世代同居住宅の造り方を語る「三世代同居の深層心理」、シェアハウス等のシェア居住の住まい方を研究する「ルームシェアのナワバリ学」と続く。そして最後の第7章は小林氏が解説する「日本の住まいの近代史」。この章の中心は、中廊下型は座敷直入型から変化したという青木正夫説。そしてDK普及に果たした公団の意図と結果の顛末も面白い。

 「おわりに」で書くように、「住まいとは、本来、保守的なものであり、床上文化に代表される持続する住文化の力が強く働いている。と同時に、様々な社会状況を受けて変容する力の影響を受ける」。それゆえ、「革新的な提案が失敗したり、逆に、予想外の変化がみられたり」(P201)する。だからこそ面白いのかもしれない。単身者の増加やシェア居住など日本の住宅はまだまだ変化していくだろう。筆者の言う「ナワバリ学」はまだまだ活躍する場面がありそうだ。

 

●個室のあるナワバリ制に求められる行動様式とは、自分の意思をしっかりと表明するとともに、相手と意見交換して合意することを重視するものだ。というのは、ナワバリ制は、互いの接触を避ける仕組みであり、意図的に言葉を交わさなければ相手と意思疎通することができないからだ。このため、順位制に求められる空気を読むという態度だけでは、家庭生活を円滑に営むことができない。(P6)
●日本では、床上文化を背景として、母親による添い寝の習慣が根強い。このことは、母と子の一体感を育み、家族は温情集団としての性格を強めるだろう。親の養育態度は、時代とともに変化するし、社会階層や住環境でも変わる。しかし、日本では半世紀もの間、ほとんど変わっていないとすれば、その背景には、時代変化を受けなかった強固な理由が存在しなければならない。その理由が、床上文化にあるというのが、私の一貫した認識である。(P63)
●nLDK住宅が示すのは、眼の前にある家族の実態ではなく、家族はこうありたいという人々の願いではないだろうか。私たちは、夫婦仲良く寝室を共にしたいし、子どもを平均二人はもちたいと願う。・・・そのような願いが、3LDKの住まいとして定型化されるのである。住宅市場では、子どもがいない夫婦や、子どもが一人の世帯でも、資金に余裕があれば3LDKを購入しようとするそうだ。そのほうが中古になっても売りやすいし、また将来、家族が増えても対応できるからだ。このように、ある種の規範を背景として、住まいは3LDKの定型に収斂していく。その結果、個人の生活の実態とは必ずしも一致しないのである。(P84)
公団の目的の・・・もう一つは、政府の資金不足を補うために、民間資金によって住宅づくりを進めることであった。このため、家賃は高かった。そこで、高い家賃にみあう付加価値として公団が注目したのが、ダイニングキッチンだ。・・・当時、ステンレス流し台は高価な輸入品であった。・・・そこで、公団は大量発注できる強みを生かして国産化を呼びかけ、それに応えたのが、当時は小さな町工場にすぎなかった菱和(後のサンウェーブ)だ。試行錯誤のすえ、ついに価格を約1/4に引き下げることに成功し、これ以降、一般の戸建て住宅でも、ステンレス流し台が普及していくことになる。(P184)