東京大学の大月教授の講演を聞きに行った。大月教授と言えば昨年「近居」を出版した。これを読んで、近居の実態や意義についてきちんと評価し、住宅政策に反映していくことが必要ではないかと思った。そういう意味で大いに期待して講演会に参加した。しかし正直、私の期待は裏切られた。そもそも講演テーマに「近居」という文字が入っていない。「人口減少時代の住宅地運営 ~住宅地における多様性の獲得~」というタイトルだ。もっとも大月先生からは「ちゃんと『近居』についても話しますよ」と冒頭言われたが。
レジュメの配布がなく、もっぱらメモからの書き起こしなので、記憶に残っている内容だけを記しておきたい。最初に、住宅地における年齢分布の偏りについて話をされた。戸建て分譲住宅団地においては分譲後30年・40年が経過する中で、高齢化と少子化が極端に進んでいることはよく指摘される。一方で賃貸住宅団地では入退去が多く新陳代謝があって、戸建て住宅地に比べれば年齢のばらつきも大きい。
東京では賃貸住宅が住宅地の風紀を乱すとして厄介者扱いされ、ワンルームマンション規制などにより若年層が入居できる賃貸住宅はほとんど供給されない状況になっている。これが最近のシェアハウス・ブームの一員にもなっている。多様な年代が住む住宅地とするには、戸建て持ち家・分譲マンション・賃貸住宅をうまくバランスさせて供給することが必要だ。千葉県佐倉市のユーカリが丘ニュータウンでは合計8,400戸の団地にも関わらず、分譲戸数を年200戸と制限することで年齢分布がばらつく住宅団地となっている。
2番目のタイトルは「時間経過が多様性をもたらす」。多様性は生命の持続力の根源。ホメオスタシス(恒常性の維持)という言葉を持ち出して、住宅においても多様性を確保していくことが重要だと力説された。そこで調査事例として紹介されたのが、同潤会の代官山や柳島アパートでの居住実態調査。同じアパート内で複数の住戸を借りて、分散して暮らす近居世帯が多く見られた。時間が経つと、一アパート内でも実に多様な住まい方が広がっていく。UR賃貸住宅での調査では1~2割は同じ団地内に近居、半数近くは30分圏内に親族が居住しているという結果があるそうだ。
次に「硬い定住・緩い定住」という言葉を出された。ずっと同じ住宅に暮らし続けるのが「硬い定住」。しかしたとえ住居が変わっても、同じ町内や市内に暮らしているのであれば定住といってもいいじゃないか。それが「緩い定住」。家族の成長とともに世帯の形が変わっても、同じ住宅地内で住み続けるためには、住み替えることができる多様な住宅があることが重要。そのためには適度に賃貸住宅を混在させる「居住マネジメント」が必要だ。
東北のある住宅団地で住み替え調査を行ったところ、賃貸住宅が市外からの転入世帯の受入れ口となり、その後、戸建て住宅へ転居していく状況が伺えた。また、子供世帯が地域内の賃貸住宅に転居する状況も多く見られた。30年先の多様性のある住宅地を形成するためには、全体の2~3割は賃貸住宅として供給していくことが必要だと言う。大阪のコモンシティ星田では、低廉でデザイン的にも若々しい住宅街区から高額だがシックな住宅街区へ住み替える事例が多いそうだ。分譲・賃貸という区分だけでなく、分譲住宅の中でも多様な品質の住宅を供給することが望まれる。
最後に、「コミュニティは本当に必要か?」というテーマで話をされた。人生の中でコミュニティの支援が必要な年代(幼少期と高齢期)と必要でない年代がある。住宅地の中ではこれらの年代がうまくばらけていることが必要で、コミュニティだけを追い求めるのではなく、コミュニティが必要な世代とプライバシーが必要な世代がうまくハイブリッドされていることが重要ではないかという主張だ。そのために、制度資源:地域資源:家族資源がそれぞれ整備され、うまく適用されるようにしていくことが必要だ。やはり多様性が重要なんだ。
これらの話を聞いた後に、質疑応答と意見交換に入った。私からはリノベーションが住宅地に多様性をもたらす可能性について話をさせてもらった。また、かつての日本は、すなわち現在の地方では、近居は当たり前ではないか、考えてみれば多くの家族で子供の中の一人は近居しているのではないだろうかと指摘したが、確かにそのとおりで、地方こそ健全で多様性があると同意された。
しかし一方で地方都市では空き家の発生に困っているという話になり、空き家問題に話題が移った。どうすれば空き家解消につながるような定住・移住を促すことができるのかという問いに対して、尾道のような人の力、デザイン力もさることながら、地域の文化・産業・立地など地域に魅力があることが重要だという結論に至った。もちろんそのためにも多様な住宅があり、多様性が魅力を生む住宅地であることが必要。
では誰が適当な住宅を探してくれるのか。この問いに対しては「大事なのは、街をよく知っている地元の不動産屋さん」と言われた。確かにそうだろうとは思うものの、いい不動産屋さんと悪い不動産屋さんの区別がつかない。
街には多様性が重要である。そのためには多様な住宅が必要である。そして多様な人が住みつくことでさらに街は魅力的になる。尾道では、旧来からの不動産屋は価値がないと見捨てた空き家を、街に戻ってきた若者がまちづくりをリードした。そう考えると、いったい誰が街をつくるのか。行政の役割はどこにあるのか。多様性の重要性は理解する。そのための施策についてはまだまだ考えることがたくさんあるようだ。