NPO法人「つるおかランド・バンク」の取組

 一般社団法人 地域問題研究所の主催で「既成市街地再生研究会 つるおかランド・バンクの取組に学ぶ」と題するセミナーが開催された。NPO法人「つるおかランド・バンク」の廣瀬理事長が講演されるというので、興味を持って参加した。「つるおかランド・バンク」と言えば、首都大学東京の饗庭教授による「都市をたたむ」で紹介され、2017年に開催された饗庭氏の講演会「人口減少時代の都市計画・まちづくり」の際にも話をされていた。実際に現地で活動されている方からの報告は生々しくも現実を赤裸々に語られ、非常に有意義だった。
 最初に、この研究会を企画した地域問題研究所の河北主任研究員から問題提起の説明があった。人口減少や産業構造が進む中、都市構造の変化が求められている。都市のスポンジ化や住宅ストックの供給過剰が現実となる中、不動産業界もストック活用などメンテナンスによる収益への転換や既成市街地における継続的な小儲けで収益を得る方向へと構造変化が求められてきている。これからは、宅地レベルから街区レベルでのストック活用へ、公共事業的な整備から地域経済の持続・継続につながる民間ベースによる整備への転換が必要になっていくのではないか。それを考える時、「つるおかランド・バンク」での経験は参考になる。「既成市街地再生の意義」「ランド・バンク事業の可能性」「資産価値の位置付け」、そしてそのための「新たな組織の可能性」。そういった問題意識をもってこの研究会を進めていきたい、といった趣旨の話だった。
 そして廣瀬理事長の話が始まった。思ったよりも若い方だったことにまずはびっくりした。最後の質疑の時間に明らかにされたが、本業は不動産業を営み、鶴岡市宅建業界で重鎮だった前理事長の後を継いだ二代目理事長とのことだ。鶴岡市山形県の西部、日本海に面する人口13万人弱の都市で、2005年の市町村合併で月山や羽黒山などの出羽三山も市域に含めるようになった。私は2017年春に訪れたことがあるが、鶴ケ丘城址や致道博物館、旧風間邸など観光地を巡っただけで、市街地をじっくりと観察することはなかった。それでも広々として気持ちのいい街だという印象は残っている。それと汁物を中心とした食事がおいしかった。他にも、クラゲの展示で有名な加茂水族館や建築家・坂茂が設計した水田に浮かぶホテル「SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE」も有名で、見所の多い街でもある。
 しかし、人口は着実に減少傾向・高齢化も進み、空き家も年々増加している。特に中心市街地では、城下町時代の大きな区割りの中に、狭い行き止まりや一方通行道路がひびのように入り、加えて降雪による道路幅の狭まりもあって、郊外部への人口流出が深刻になっている。こうした状況に対して、「空き家・空き地の売買をチャンスと捉え、街の将来を見据えて道路・区割りを少しずつ整備していく『小規模連鎖型の区画再編事業』による中心市街地居住地域の活性化」を目的に設立されたのがNPO法人「つるおかランド・バンク」だ。役員には、不動産業者や建設業者、設計事務所司法書士行政書士土地家屋調査士などが名前を連ね、金融機関や鶴岡市の職員、さらに研究者(平成30年度の名簿には饗庭先生の名前が書かれているが、講演では早稲田大学と言われていた)も参加している。これらの専門家と鶴岡市が連携して、個別区域ごとの課題に対応していくというのが基本的な取組方針だ。
 具体的に取り組んでいる事業は、空き家委託管理事業、空き家コンバージョン事業、空き家バンク事業、ランドバンク事業、そしてランドバンクファンドによる助成事業の5つだ。「空き家委託管理事業」は定期巡回や掃除・庭木の手入れなどの空き家管理を請け負うもの。「空き家コンバージョン事業」は空き家をシェアハウスなどの様々な施設にコンバージョンすることを提案し、サポートするもので、ランド・バンクから補助率1/2・上限100万円の助成金も支給している。「空き家バンク事業」については現時点で154物件を登録し、2013年からの6年間で成約111件を数える。
 そして「ランドバンク事業」だが、NPO設立前の2011年、有志で結成したランド・バンク研究会で、無接道で地権者2名、地上権者3名のうち2名は既に死亡して未相続という密集住宅地を解体整地した事例で2012年やまがた公益大賞を受賞している。今回は、狭隘道路に面する狭小宅地2区画を再編し、道路拡幅と合筆により子育て世帯に譲渡・入居した事例や、無接道の囲繞地をこれまでの取り付け道路とは反対側の道路に接道する土地と合筆することで親世帯に近居する若者世帯の住宅が建築された事例、屈折した行き止まり私道を、空き家を解体することで付け替え、面整備を実現した事例などが紹介された。現実には、相続放棄物件や相続未解決物件も多い中、相続財産管理人制度なども利用して事業を進めており、司法書士等の参加が大きな役割を果たしている。
 また、「ランドバンクファンド」は、市民・企業等の寄付金200万円に、(財)民間都市開発推進機構から1,000万円、鶴岡市からの1,800万円を加えた3,000万円をベースに実施しているもので、上述の空き家コンバージョンに対して助成する「地域コミュニティ施設整備支援」の他、「利便性の向上に繋がる私道等整備支援」や「町内会空き地活用整備支援」、そして宅建業者行政書士等に対する「コーディネート補填助成」を実施している。中でも「コーディネート補填助成」については、空き家バンク等により売買が成立した物件の約半数は200万円以下であり、法定の仲介手数料では全く採算が合わないため、個別の状況に応じ、ファンドから助成をしているとのこと。
 「つるおかランド・バンク」では2017年・18年と国交省の空き家対策に係るモデル事業の採択を受け、上記のような実務と併せて、調査研究も実施している。鶴岡市では住宅地地価は坪15万円程度。しかも商業地の地価が近年急落し、住宅地と変わらなくなっている。そうした状況では、土地の高度利用による事業スキームは成り立たず、税優遇によるインセンティブも低い。自治体の財政状況も厳しい。加えて、相続に係る諸制度も壁となって立ち上がる。こうした中、がんばって活動をしている廣瀬理事長を始めNPOの皆さんに大きな拍手を送りたい。
 ほぼ1時間半にわたる報告の後、いくつかのグループに分かれて意見交換を行い、グループ毎に廣瀬氏に対する質問をまとめた。一番多かったのはNPOの運営資金や組織など。そして市との関係・役割についての質問も多かった。NPOの運営については年会費に加え、NPOから紹介を受けて事業を実施した解体業者や建設業者等に1割程度の寄付をお願いしていること、市からほぼ一人分の人件費負担をしていただいていること、また調査委託による収入も大きい。一方で常勤職員は2名で、ほとんどブラック雇用状態だと告白。市が自ら取り組むのではなく、NPO組織にしているのは、(財)民間都市開発推進機構などからの支援を受けるためと、厳密な公平性などから離れ、ある程度自由かつ柔軟に活動ができることを理由に挙げていたが、街区レベルの土地利用計画などはやはり市が主体になるべきという意見も聞かれた。
 また、地域住民にとってこうした取組を進めるにあたって何が動機になるのかという質問に対して、河北氏が思い描いていた「資産価値の向上」といった答えではなく、「隣地関係の改善」と答えられた。確かに、200万円以下の売買が半数以上といった状況では、多少、資産価値が上がったとしても大きなモティベーションにはならない。逆に言うと、こうした事業をビジネスモデルとして構築しようとするのは難しいということ。コミュニティ施策、地域環境の改善施策として、行政が主体となって取り組むべき事業のような気もする。なお、この事業が始められた時の榎本市長は測量設計が家業だったが、2017年には元農水省官僚の皆川市長に交代した。今後の事業の行方には市の姿勢も大きく影響する。現市長にもこの事業の意義を十分理解していただき、市の継続的な支援を得て、ランドバンク事業がこの先、さらに大きく発展していくことを期待したい。
 基盤整備が不十分な既成市街地をどうしていくかは、全国の多くの自治体にとって、深刻な課題の一つだろうし、今後そうした市街地はさらに増え、また困難度を増していく。地域の未来を地域住民がどう考え、自治体がどう取り組んでいくのか。「つるおかランド・バンク」の取組は大きなヒントになるが、同時にその方策は地域ごとに異なるはず。民間ベースによる整備という視点は重要だが、それだけでは限界があるのも事実。地域の再生=国の再生という視点を持ち、行政と民間がそれぞれの役割をきちんと果たしつつ、うまく連携を取って進めていくことが必要だろう。

生きのびるマンション☆

 筆者の山岡淳一郎氏はノンフィクション作家だが、マンション関係の著作も多い。本書も、建物自体の高齢化、そして入居者の高齢化という<二つの老い>に直面する区分所有マンションの実態と問題について赤裸々に指摘するとともに、それを乗り越えようとしている管理組合なども取材し、住民レベルで取り組むべき解決の方向を示している。しかし、それは相当に困難でもある。分譲マンションの購入は、よほどの覚悟をもって決断をしなくてはいけない。
 第1章「何が『スラム』と『楽園』を分けるのか」では、問題マンションの現状と問題点を示し、行政の対応状況等も紹介する。続く第2章「大規模修繕の闇と光」では、大規模修繕積立金が改修業者やコンサルタントに狙われ、掠め取られている実態の紹介。これらが序章だとすると、第3章以降では個別具体的な事例が紹介される。
 第3章「欠陥マンション建て替えの功罪」は、横浜の旭化成建材による杭データ偽装事件の顛末を、特に管理組合側に立って記述する。マンション傾斜の原因は本当に杭だけだったのか。地中に埋まっていた杭の先端部は実際のところどうなっていたのか。調査結果の公表を期待していたが、結局、横浜市は公表しないことにした。そのことによる社会的・技術的な損失は大きい。また、建て替えという手法が取られたことについても、姉歯建築士による耐震偽装事件に伴い、多くのホテルやマンションが建替えられたことが影響していると指摘する。しかし建て替えるばかりが方策ではない。欠陥があれば建て替えればいいという風潮は、今後の住宅政策や住宅業界にも少なからぬ影響を及ぼしかねない。
 第4章「超高層の『不都合な真実』」では、超高層マンションの問題を指摘する。先日の武蔵小杉におけるタワーマンションの浸水事故で話題になったように、災害時に脆弱というだけでなく、将来的なマンションの維持管理という面でも、超高層マンションは大きな課題を抱えている。本書では、湾岸の超高層マンションにおける大規模修繕、本書では敢えて、「多元改修」という言葉を使っているが、そこでの非常な苦労の実例と、横浜上大岡における施設混在の再開発マンションでの改修事例を紹介しているが、通常のマンションに比べ、技術的にも、そして居住者の合意を得るための作業についても、桁違いの大変さがある。
 第5章「コミュニティが資産価値を決める」では、管理組合を法人化し、単なる修繕ではなく、共用部分に新たな施設や機能を導入し、さらに価値を増進するなどの取り組みをしている管理組合の事例や、多摩ニュータウンの公団分譲住宅建て替え(「多摩ニュータウンを歩いてきました。(その2)」で紹介した「ブリリア多摩ニュータウン」)の事例などが紹介されている。
 それらの事例はすばらしいが、とにかく大変なことに間違いはない。それでも今なお、分譲マンションは各地で建設され、販売・購入されている。日本の人口はこれからいよいよ減少速度が加速してくる。そうした中で、これほど区分所有マンションが増加してくると、日本の将来の住宅事情はどうなってしまうのかと不安になる。筆者の警鐘はもっと声高に人々に伝えられていい。そして行政的にはもっと大胆な法と制度の創設が求められるようになるだろう。日本の国土と住まいが見捨てられないために。マンションが生きのびるのはそう簡単ではない。

生きのびるマンション: 〈二つの老い〉をこえて (岩波新書)

生きのびるマンション: 〈二つの老い〉をこえて (岩波新書)

○豊島区では…2004年6月、「狭小住戸集合住宅税条例(ワンルームマンション税)を施行…それから9年後、スラム化を防ぐ「豊島区マンション管理推進条例」が公布されます。…(同趣旨のマンション管理条例の制定は、墨田区板橋区千代田区へと広がり、東京都も「マンションの適正な管理の促進に向けた制度案」の概要を2019年春にまとめ、条例化に踏み出しました。…「脱スラム化」へと管理組合、地域、自治体が問題意識を共有しつつあります。(P30)
○談合・リベートは想像以上に業界に蔓延しています。国土交通省も事態を重く見て、コンサルタント業界に健全化を求め、2017年11月、一般社団法人マンション改修設計コンサルタント協会(MCA)が設立されました。…コンサルタントの多くは、大規模修繕の元受施工会社を選ぶに当たり、信頼性、瑕疵の保証能力を理由に「年商50億円以上」…といった条件をつけて公募しようと、管理組合に提案します。一見、もっともらしいのですが、公募段階で施工会社は数社に絞られ、談合グループが形成されるといわれています。(P50)
○19年1月末、ようやく横浜市は「くい先端部を固めるセメント液量データの改竄原因に関する調査報告」を受理しました。事実究明への期待が高まります。/しかし、横浜市は「全棟建て替えで倒壊などの危険性がなくなった」と調査報告を公表しませんでした。…国は自治体に調査を押しつけ、自治体は業者を慮って幕を引く。…三井のブランドは守れたかもしれませんが、社会的に今回の核心的な部分の知見は共有されず、欠陥の火種はくすぶり続けます。(P112)
○「超高層マンションの維持管理は特殊な世界です。概念を変えなくてはいけない。建築と、複雑な設備、両方を掌握できる専門家はどこを探してもいません。本当は“タワーマンション・マネージャー”と胸を張って言える人が求められているけど、いないんです。一棟ずつ、全然、状況が違うので、維持管理の安易な標準化は危険ですが、それでも知識を求めて、修繕・改修のガイドラインを早くつくったほうがいい。最低限、建物と設備の修繕履歴が世代を超えて伝わるシステムが必要です。(P151)
○ルミエール西京極…の管理組合は、住民が嫌々かかわるボランティア組織ではなく、プランを立てて問題を解決する経営体に似ています。経営といっても、目的はお金儲けではなく、「無事(生命と安心)に暮らせる環境」づくりです。居住価値の向上と言い換えてもいいでしょう。そのために「管理組合法人」による「自主管理」を貫いています。(P173)

黒川紀章が設計したニュータウン・菱野団地

 やきもののまち・瀬戸市名古屋市の東部にあるこの街に、黒川紀章が設計したニュータウンがある。晩年は東京都知事選に出馬するなどしたが、黒川紀章は名古屋の生まれで、若い頃、近郊のニュータウンの計画に携わっていたとしても不思議ではない。1966年から開発が始まっているから、黒川紀章もまだ30代になったばかり。当時の設計思想がそのまま現実のものとなっている。
 面積は173.5ha。計画人口30,000人。事業主体は愛知県住宅公社。原山台・萩山台・八幡台という3つの住区がそれぞれ周囲をぐるりと囲む周回道路で包まれ、3つの住区が集まった中心地区は菱野台と呼ばれるが、共同住宅はわずかで、商業・業務施設や3つの小学校と一つの中学校で埋まっている。周辺地区から中心地区へ直接アプローチする幹線道路と各住区の周回道路とは横道に入るような細く短いアクセス道路がつなぎ、知らない者には住区へ辿り着くのも難しい。もちろん各住区と中心地区は歩車道分離された歩道橋でつながっている。実にシステマティックな道路構成だが、各住区は外周が勾玉のようにうねり、平面的に有機的でもある。また各住区内に保存緑地的な緑も多い。ただし丘陵地なので水辺はほとんどない。
 住宅は各住区に県営住宅が1000戸ほど建設され、中心地区には公社による高層の賃貸住宅及び分譲住宅が170戸余り建っている。その周囲に公社が分譲した戸建て住宅や二戸一の連棟式住宅など。県営住宅は原山台地区から既に建替えが始まっており、現在、二つに分かれた住区の一つで最後の建替え住棟が建設中。続いて次の住区の建替えに移っていく方針だ。当初の建設時は階段室型の中層5階建てで、一部にはスターハウスも残っていたが、すべて高層住宅に建て替わった(一部建設中)。建替え前の中層住宅は空き家が目立つが、建替え後はほぼ満室のようだ。
 人口は1984(昭和59)年のピーク時で21,746人。現在は12,000人を切れている。集合住宅の空き室や県営住宅の建替えの影響もあるが、戸建て住宅も含めて、世帯人員の減少が大きい。戸建て住宅の空き家率は2015年時点で2.8%というから、それほど空き家が多いわけではないが、高齢化率は41.6%に上る。
 瀬戸市では2019年3月に「菱野団地再生計画」を策定。また、2017年に半年かけて実施した社会実験を経て、2018年8月から住民バスの本格運行を開始した。瀬戸市職員の方に団地内を案内していただき、その後、現況や計画の内容、住民バスの状況などの説明をいただき、意見交換をした。近いながら団地内をじっくりと歩くのは初めてで、非常に興味深い団地見学会だった。

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県営八幡台住宅
 いったん八幡台の公民館に集合して、団地内を歩き始める。八幡台と原山台は地区の中心にU字型に戸建て住宅が並び、それを包むように県営住宅が建つ。県営八幡台住宅の中心部にはV字型の高層住宅が建ち、端部に階段室型の5階建てが並ぶ。地区中心の戸建て住宅地は落ち着いた雰囲気で、宅地分譲だったのか、板塀の和風住宅など個性的な住宅が並ぶ。住宅の間にはフットパスが通り、ちびっこ広場がある。空き家が目立つことはないが、敷地を分割して建売住宅が販売されていた。2,590万円という価格設定は手頃感がある。戸建て住宅地を抜けて八幡台のもう一つの県営住宅へ。こちらは昭和50年竣工の銘板が埋め込まれ、規模増改善工事が行われていた。
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八幡台ちびっこ広場
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建売住宅
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八幡台住宅 規模増改善住棟
 菱野団地の中心部に向けて、歩道橋を渡る。幹線道路で隔てられた各地区は歩車道分離された歩道橋でつながれている。八幡台小学校や菱野中学校を眺めながら、センター地区の萩山商店街へ向かう。歩道橋から商店街を見下ろすが、通りは寂しい。面白いことに、最近人気だというパン屋さんは通りに背を向け、幹線道路側に看板を揚げて、店を開いている。商店街端の美容院と薬局も入口こそ通り側だが、道路側に看板を掲げている。商店街の端には駐車場があり、大半の商店街利用者はそこから歩く。店舗を閉めて、一般の住宅として利用している住戸もある。萩山商店街は2階建て長屋造の住宅付き店舗が分譲され、各戸所有になっているため、改修の自由度は高い。
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人気のパン屋さん
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萩山商店街
 しかし、駐車場から離れ、中心部に近い側の商店街はほとんど壊滅状態。閉じられたシャッターが並ぶ。センター地区に据えられた「菱野団地 愛知県知事 桑原幹根」と彫られた石板は立派だ。右側の住宅供給公社の高層住宅棟の下には郵便局や公社の住宅管理事務所、瀬戸市の市民サービスセンターなどが入っているが、中央広場を挟んで向かい側にあるPC版シルバークールが並ぶ低層の建物はスーパーマーケットが撤退して久しい。
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中央広場
 広場を通り過ぎて北側も商店街が続くが、こちらの方が少し賑わっているようだ。かつての民間会社の事務所を改修したデイサービスセンターがあり、向かい側の店舗は改修中だ。そして商店街の端には小規模なスーパーが開業している。その北側には菱野団地商店街の駐車場。やはり自動車利用が課題のようだ。
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菱野団地商店街のスーパー
 商店街を抜けて歩道橋を上がると、目の前に高層の県営原山台住宅が並んでいる。上述したとおり、現在最後の建替え工事の施工中だが、建設地横の空地に「地域生活支援施設」の記述がある。幼稚園の誘致を予定しているとのこと。新築の高層住宅の南側には建替え前の中層住宅が並ぶが、既に一部の住棟では解体工事に着手している。こちらにはスターハウス棟もまだ残っていた。
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県営原山台住宅(建替え後)
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県営原山台住宅のスターハウス棟
 県営住宅街区を南に抜けると、連棟式住宅の街区に入る。2戸がつながったタイプだが、それぞれが全く違った外観で増改築されており、一見、連棟建てに見えない。片方が和風に改修されたもの。全く異なる色彩で塗装されたもの。法規的にはどうしたのかと疑問にも思うが、ある程度敷地に余裕があればこうした対応も可能ということか。正直、「ナニコレ珍百景」に投稿したいほどの景観ではある。
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連棟式住宅の改修
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連棟式住宅の改修(塗装の塗分け)
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連棟式住宅の改修
 連棟建て住宅街を抜けて幹線道路沿いに歩道橋を上がっていくと、センター地区を幹線道路のレベルで眺めることとなる。と言っても、かつてはスーパーマーケットの駐車場だったが、現在は閑散とし、隅にカラフルな住民バスが2台駐車していた。歩道橋の下、道路を隔てて西側に小規模ながら端正な佇まいの建物がある。以前は瀬戸信用金庫だったが、リフォームされ、小規模なセレモニーホールに生まれ変わった。では、その瀬戸信用金庫はと言えば、センター地区にあった三菱UFJ銀行の後に移動し、三菱UFJ銀行はATMだけとなった。それでも小規模なセレモニーホールというのは地域に合っているのかもしれない。
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セレモニーハウスひしの
 その西にある高層ビルはかつて公社が分譲したウィングビル。1・2階部分は商店街となり、福祉事業所やカフェなどが入店しているが、やはり寂しい。再び歩道橋を渡ると、元の八幡台に戻ってきた。その後は八幡公民館で瀬戸市職員の方から今年3月に策定した「菱野団地再生計画」などの話を伺った。
 現在の菱野団地の状況は上述のとおり。瀬戸市では2017年に策定した第6次総合計画と都市計画マスタープランに続いて、団地再生計画の策定に取り掛かった。計画策定にあたっては学識者や住民代表、関連企業等をメンバーとする再生計画検討委員会を設置するとともに、かわら版の発行や住民アンケートの実施、住民ワークショップの開催などを経て、2019年3月に策定・公表された。
 中でも、菱野団地の再生計画の目玉となるのが「住民バス」の運行だ。計画検討の着手に先立つ2017年7月から約半年間、社会実験として低速電動バスeCOM-8を運行した結果、大変好評だったことから、翌年8月から新しい「住民バス」として再スタートした。運行日は毎週月~金曜日で土日祝日等は運休。運賃は無料で、菱野団地内の3つの地区を9時台から14時台まで、2台のマイクロバスが30分毎に一周約45分かけて運行する。運転は時間500円の謝金で有償ボランティアの運転手を募り、現在は9名の方が登録されている。ちなみに運行に係る経費は年間約400万円。市が他地区で運行するコミュニティバスの経費率を適用し、85%は市負担、残りの15%は自治会負担としている。利用者は次第に増加してきており、最近は月1600人を超えている。また、名鉄バス停やタクシー乗り場に接続して、地区外へは既存の交通手段の利用を促す。なお、団地再生計画では2020年度以降「自家用有償旅客運送への移行」を目指すこととしている。
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住民バス
 その他、計画では、(1)センター地区整備や(2)エリアマネジメント団体、(4)空き家利活用、(5)県営住宅更新の各プロジェクトを位置付けるとともに、菱野団地再生計画推進協議会を設置して取組状況の把握や計画の見直し等を行うこととしている。実際、住民バス以外にも、自治会や住民等によるエリアマネジメント団体「未来の菱野団地をみんなでつくる会」が2019年4月に設立され、10月には「みんなの会わいわいフェスティバル」が中央広場や各商店街で開催され、多くの住民で賑わった。また、社会福祉協議会による空き家を活用した地域の居場所「よりどころ」を開設する活動や、NPO法人と民間企業等が連携した健康増進プログラムの実証実験なども行われている。
 住民バスの社会実験をきっかけに団地再生計画が動き出し、様々な取組が始まった。まだ始まったばかりで、今後は紆余曲折もあるだろうが、「住民バス」というわかりやすい取組のあることが、住民の力を集めるアイコンになっている。戸建て住宅地や連棟式住宅地も予想以上に住みやすい居住環境となっている。県営住宅も着実に建替事業が進められている。惜しむらくは黒川紀章の団地計画が外に対してあまりにも閉じられた計画となっていること。特にセンター地区が自動車利用に対して背を向けているのは致命的だ。将来的には小学校の統合も検討されるだろうから、その時に廃校を利用して、団地外の住民も利用するような魅力的な施設が整備されるといい。建替え前の県営住宅のイメージがあったので、もっと老朽化し疲弊した団地かと思っていたが、意外に住みやすく、将来への可能性を感じた。瀬戸市の真摯な取組姿勢にも大いに共感した。