生きのびるマンション☆

 筆者の山岡淳一郎氏はノンフィクション作家だが、マンション関係の著作も多い。本書も、建物自体の高齢化、そして入居者の高齢化という<二つの老い>に直面する区分所有マンションの実態と問題について赤裸々に指摘するとともに、それを乗り越えようとしている管理組合なども取材し、住民レベルで取り組むべき解決の方向を示している。しかし、それは相当に困難でもある。分譲マンションの購入は、よほどの覚悟をもって決断をしなくてはいけない。
 第1章「何が『スラム』と『楽園』を分けるのか」では、問題マンションの現状と問題点を示し、行政の対応状況等も紹介する。続く第2章「大規模修繕の闇と光」では、大規模修繕積立金が改修業者やコンサルタントに狙われ、掠め取られている実態の紹介。これらが序章だとすると、第3章以降では個別具体的な事例が紹介される。
 第3章「欠陥マンション建て替えの功罪」は、横浜の旭化成建材による杭データ偽装事件の顛末を、特に管理組合側に立って記述する。マンション傾斜の原因は本当に杭だけだったのか。地中に埋まっていた杭の先端部は実際のところどうなっていたのか。調査結果の公表を期待していたが、結局、横浜市は公表しないことにした。そのことによる社会的・技術的な損失は大きい。また、建て替えという手法が取られたことについても、姉歯建築士による耐震偽装事件に伴い、多くのホテルやマンションが建替えられたことが影響していると指摘する。しかし建て替えるばかりが方策ではない。欠陥があれば建て替えればいいという風潮は、今後の住宅政策や住宅業界にも少なからぬ影響を及ぼしかねない。
 第4章「超高層の『不都合な真実』」では、超高層マンションの問題を指摘する。先日の武蔵小杉におけるタワーマンションの浸水事故で話題になったように、災害時に脆弱というだけでなく、将来的なマンションの維持管理という面でも、超高層マンションは大きな課題を抱えている。本書では、湾岸の超高層マンションにおける大規模修繕、本書では敢えて、「多元改修」という言葉を使っているが、そこでの非常な苦労の実例と、横浜上大岡における施設混在の再開発マンションでの改修事例を紹介しているが、通常のマンションに比べ、技術的にも、そして居住者の合意を得るための作業についても、桁違いの大変さがある。
 第5章「コミュニティが資産価値を決める」では、管理組合を法人化し、単なる修繕ではなく、共用部分に新たな施設や機能を導入し、さらに価値を増進するなどの取り組みをしている管理組合の事例や、多摩ニュータウンの公団分譲住宅建て替え(「多摩ニュータウンを歩いてきました。(その2)」で紹介した「ブリリア多摩ニュータウン」)の事例などが紹介されている。
 それらの事例はすばらしいが、とにかく大変なことに間違いはない。それでも今なお、分譲マンションは各地で建設され、販売・購入されている。日本の人口はこれからいよいよ減少速度が加速してくる。そうした中で、これほど区分所有マンションが増加してくると、日本の将来の住宅事情はどうなってしまうのかと不安になる。筆者の警鐘はもっと声高に人々に伝えられていい。そして行政的にはもっと大胆な法と制度の創設が求められるようになるだろう。日本の国土と住まいが見捨てられないために。マンションが生きのびるのはそう簡単ではない。

生きのびるマンション: 〈二つの老い〉をこえて (岩波新書)

生きのびるマンション: 〈二つの老い〉をこえて (岩波新書)

○豊島区では…2004年6月、「狭小住戸集合住宅税条例(ワンルームマンション税)を施行…それから9年後、スラム化を防ぐ「豊島区マンション管理推進条例」が公布されます。…(同趣旨のマンション管理条例の制定は、墨田区板橋区千代田区へと広がり、東京都も「マンションの適正な管理の促進に向けた制度案」の概要を2019年春にまとめ、条例化に踏み出しました。…「脱スラム化」へと管理組合、地域、自治体が問題意識を共有しつつあります。(P30)
○談合・リベートは想像以上に業界に蔓延しています。国土交通省も事態を重く見て、コンサルタント業界に健全化を求め、2017年11月、一般社団法人マンション改修設計コンサルタント協会(MCA)が設立されました。…コンサルタントの多くは、大規模修繕の元受施工会社を選ぶに当たり、信頼性、瑕疵の保証能力を理由に「年商50億円以上」…といった条件をつけて公募しようと、管理組合に提案します。一見、もっともらしいのですが、公募段階で施工会社は数社に絞られ、談合グループが形成されるといわれています。(P50)
○19年1月末、ようやく横浜市は「くい先端部を固めるセメント液量データの改竄原因に関する調査報告」を受理しました。事実究明への期待が高まります。/しかし、横浜市は「全棟建て替えで倒壊などの危険性がなくなった」と調査報告を公表しませんでした。…国は自治体に調査を押しつけ、自治体は業者を慮って幕を引く。…三井のブランドは守れたかもしれませんが、社会的に今回の核心的な部分の知見は共有されず、欠陥の火種はくすぶり続けます。(P112)
○「超高層マンションの維持管理は特殊な世界です。概念を変えなくてはいけない。建築と、複雑な設備、両方を掌握できる専門家はどこを探してもいません。本当は“タワーマンション・マネージャー”と胸を張って言える人が求められているけど、いないんです。一棟ずつ、全然、状況が違うので、維持管理の安易な標準化は危険ですが、それでも知識を求めて、修繕・改修のガイドラインを早くつくったほうがいい。最低限、建物と設備の修繕履歴が世代を超えて伝わるシステムが必要です。(P151)
○ルミエール西京極…の管理組合は、住民が嫌々かかわるボランティア組織ではなく、プランを立てて問題を解決する経営体に似ています。経営といっても、目的はお金儲けではなく、「無事(生命と安心)に暮らせる環境」づくりです。居住価値の向上と言い換えてもいいでしょう。そのために「管理組合法人」による「自主管理」を貫いています。(P173)