デンマークの公営住宅制度

 愛知教育大学の小川正光先生からデンマークの公営住宅制度について話を伺った。先生は数年前にデンマークへ留学し、今年も調査訪問をされているが、今回はデンマークの公営住宅法の話が中心である。その前段で、デンマークの自治制度や住宅事情について伺う。

 デンマークの人口は5百万人強.2007年に自治体改革があり、5つの県、98の市に再編された。基本的な自治業務は市が担当し、県は国の助成金と市の負担金により広域的な業務のみを受け持つ。当然、公営住宅制度は市が担当する。

 ただし、住宅を建設しているのは、市議会の許可を得た公営住宅組織である。公営住宅組織には、独自の資本によるもの、共同出資された協同組合、保証金により設立された保証組織の3種類がある。これらの公営住宅組織が、市が定める計画に沿って、住宅補助金を得て、許可された住宅の建設や改修と運営等を行っている。

 住宅の所有関係は、2007年現在で、持家:1920千戸(71.6%)、公営住宅組織515千戸(19.2%)、組合住宅195千戸(7.3%)、自治体53千戸(2.0%)だそうである。この中に民間借家がないのは、民間に賃貸住宅業という業種がなく、個人的な賃貸は持家の中に含まれていると考えていいのだろうか。いわゆる一般企業も、独自資本による公営住宅組織として、市議会の許可を得て賃貸住宅の建設・管理を行っているようであり、もちろんその建設戸数や規模等は市議会のコントロール化にある。賃貸住宅は市場原理では建てられない、ということだろうか。

 2005年現在の公営住宅組織の数は771。概ね団地ごとに設けられている支部が7,909という。住宅規模は共有部分も含めて50~90㎡が約2/3というからそんなに広くはない。全住宅でも60~150㎡が80%とおっしゃっていた。家賃は平均1㎡当たり595クローナ(50㎡で月約5万円)というから必ずしも安くない。これは前回のオーストラリアのときもそうだったが、先生いわく、社会保障が充実しており、例えば高等教育も含めて教育費は無料なので、相対的に全般的に物価は高目なのではないか、とのことだった。

 公営住宅には家族住宅と若者住宅、高齢者住宅の3種類がある。面積は、家族住宅と高齢者住宅が110㎡以下、若者住宅が50㎡以下と決められているが、団地全体の平均に対する制限なので、実際はけっこうバラエティがあるようだ。各戸には上下水道を備え独立したトイレ、浴室、台所を設置することとされており、共同台所のコレクティブ・グループホームについては、別途、市の認可を得る必要がある。高齢者住宅については、バリアフリー規定が付け加えられている。ちなみに高齢者の定義は、デンマークでは67歳以上の年金受給者というのが一般的なので多分それではないかとのことだった。

 さて、入居者であるが、高齢者住宅は市議会が待機リストを管理し、リスト記載後2ヶ月以内に住宅を紹介することとなっている。家族住宅と若者住宅は公営住宅組織が待機リストを整備するが、若者住宅については市が紹介することも可能としている。また住宅問題の解決のために空き家の1/4を市が借り上げることのできる規定もある。高齢者及び障害者については、住宅を自由に選択する権利を有するとされており、持家で生活してきた方が公営高齢者住宅の入居を望むときは2ヶ月以内にかなえられることになっている。

 デンマークでプライイェムと呼ばれる老人ホームやケア付き住宅は、現在、各戸に台所等を持つ「住宅」として改造等が進められており、既に8割方終了しているという。今は若者住宅の整備に力を入れているとのことで、ユニークなデザインの写真を見せてもらった。この背景に何があるのかわからないが、高齢者住宅の整備がほぼ完了しつつあり、今までシェア居住などをしてきた学生の居住水準に問題意識が移ったということだろうか、とおっしゃっていた。

 公営住宅組織や支部組織の理事会等に必ず居住者が入っていることなど、住民民主主義の規定があることなども興味深い。その他、保全・修繕費用の積み立てに関する規定、住宅建築等を支援する独立法人「全国建築資金」や欠陥改善のための補助を行う独立法人「欠陥建築基金」に関する規定、これらの機関を活用した融資や補助金等の規定、さらには住宅の売却の試みに関する規定などもある。また試験的試みという章があり、新しい取り組みに対して規定からの逸脱や補助金の支給を規定している点も面白い。

 今回は、「デンマークの公営住宅法を読み込む」という点に力点が置かれ、日本との比較や社会的・文化的背景との関係など、発展的な議論まで時間が及ばなかった。国民の大半は持家に生まれ、独立して若者住宅に住み、結婚して公営家族住宅から持家を取得し、高齢となって公営家族住宅に居住するというデンマークならではの居住すごろくがあるのだろうと思われる。日本の居住すごろくは、持家偏重で批判されたが、それが実現可能となる社会的基盤や制度を作っていくことで、公営住宅制度の役割もより明確になるのではないだろうか。家族住宅・若者住宅・高齢者住宅と分けるあたりにその可能性が見て取れる。

 今回もまたまた大変興味深い事例を知ることができた。次回はイギリスの予定。ますます楽しみだ。