平山洋介氏は「コミュニティ・ベースト・ハウジング」以来、注目を続けている住宅研究者の一人である。神戸大出身で「居住福祉」を著した早川和男研究室の流れを組む研究者だが、体制批判というスタンスだけでなく、幅広い視野の中で、日本の住宅問題と住宅政策の課題を見据え、提言をしてきている。2009年に出された光文社新書の「住宅政策のどこが問題か」で注目を集めたが、本書はその続きとも言えるし、まとめとも言える。ただし、関心が日本の住宅政策に向かうと、どうしても閉塞感に突き当たらざるをえず、「コミュニティ・ベースト・ハウジング」や「不完全都市」のような未来への展望は見られなくなる。批判や怒り、憤りの感情がベースを流れることになる。それはある意味仕方ないことだが、時代の大きな転換期に当たり、この国はどうしようもない袋小路に入り込んでしまっているように思える。
本書は、第1章「住まいのライフコース」で、新自由主義と保守主義に根ざす日本の住宅政策が持家中心の単線型政策から抜けられず、多様化し拡散するライフコースを辿る多くの人びとをフォローしサポートすることができなくなっていると主張する。
第2章「東京バブルスケープ」では、こうした状況が首都圏においてホットスポットとコールドエリアという形で地理的に現れていることを示す。住宅の市場化、証券化が引き起こしたこうした状況は、生活とは無関係に住宅供給が行われていることを示している。
第3章から第5章までは、「若者」「女性」「高齢者」という日本の住宅政策においては脇役、間接的な属性として置かれてきたカテゴリーにおいて矛盾が現れてきていることを明らかにする。中でも第5章「高齢者の住宅資産保有」は、資産保有型福祉国家の限界と不安定さを指摘しており興味深い。
そして第6章「住宅保障の論点」である。まとめに当たる本章では、不安定居住の拡大、住宅と労働政策、流動化と固定化する低所得者層、対物補助と対人補助、中央政府の役割と地方政府の限界など、個別の課題に当たりつつ、現状の住宅政策を批判し、労働政策と切り離して住宅政策を展開することの必要性を述べる。最後の「おわりに」が総論であるが、まさに正論である。
だが、現状では日本の住宅政策の潮流が大きく転換する兆しはない。本書でも何度か社会住宅と家賃補助中心の欧米先進諸国の住宅政策を紹介するのだが、当然、一気にそこまで辿り着けるわけではない。平山氏が記述するように現在に至るまでのストックが違い過ぎる。しかし一方で、私の個人的感想としては、平山氏が批判するほどには現在日本の住宅ストックの状況がひどいという気はしないのだ。確かに耐震性やバリアフリー性能には劣るかもしれない。しかしある程度の欠陥も住みこなし乗り越えることができれば、日本にも既にある程度の質と量を有する住宅ストックが存在すると言えるのではないか。
平山氏は民間賃貸住宅が狭小で高家賃と批判する。だが、戸建て住宅に多くの空き家が発生し始めた中では、家賃は自然に下がるだろうし、住みこなすことでこれらの余剰ストックを活用できないだろうか。平山氏の正論には頷きつつも次第に息苦しくなってくる中で、日本の現状を生かした住宅政策の再生を展望したいという欲求がもたげてきた。平山氏にもう一度、直接意見を聞いてみたいという気持ちが強くなった。
●成熟した都市に必要なのは、ライフコースの変容をふまえ、複数のモデルをもつことである。そして、より豊富なパターンのモデルのもとで、より多様な人生の軌道を想定し、より多彩な選択を支持することは、自由の幅をより広げ、都市の条件の持続に貢献する。(P008)
●重要なのは、グローバル経済が都市空間に与える影響の程度と内容は、それを受け止めるローカルな政策・制度の組み立て方にかかっている、という点である。都市計画、建築規制、住宅システム、金融市場などの政策・制度は、空間を経済領域に差しだし、あるいは逆に、経済変動から都市を保護する技術として機能する。資本主義経済がグローバルに拡大しているとはいえ、それとの関係をどのように構築するのかは、ローカルな政策・制度に関する選択の問題である。(P061)
●持家セクターが支配的な社会では、福祉国家は、賃貸セクターを改善しようとせず、アウトライトの住宅所有者を「暗黙のモデル」とし、その住居費負担の軽さを前提として社会保障制度をつくる。・・・福祉国家の社会領域での役割は、人びとのセキュリティを市場経済の変動から切り離し、隔離する点にある。しかし、「資産保有型福祉国家」は、私的領域の住宅所有にもとづくがゆえに、住宅市場の変動にダイレクトにさらされる。・・・住宅資産の役割を重視する福祉国家は、市場経済との関係を深めることによって成り立ち、そして住宅市場の変動の影響から逃れられない、という矛盾をもつ。この点に「資産保有型福祉国家」の不安定さがある。(P180)
●医療・教育・社会保障などの分野に比べ、住宅の分野では、市場メカニズムによる供給・消費が多いことから、住宅保障に関する政府責任は、「ふらつく」傾向をもつ。これを反映し、市場経済の拡張をめざすイデオロギーは、住宅領域にとくに強く影響し、政府の住宅政策を大幅に後退させた。(P214)
●家族の持家に住めるのは、不安定就労者の一部にすぎない。経済停滞が続けば、家族レベルではなく、社会レベルでの再分配の必要が拡大せざるをえない。新自由主義の住宅システムは、住宅のための公的援助を削減することによって、住宅保障の必要性を増やし、それ自身の限界を明らかにする、というプロセスのなかにある。(P240)