地域の豊かさの意味と公共政策

 「住民の幸福とは-地域の豊かさの意味と公共政策」と題する講演会に参加した。講師は前半が千葉大法経学部広井良典教授。後半は公益財団法人荒川区自治総合研究所の二神所長。

 まず、広井先生からは「地域の豊かさの意味と公共政策-ポスト成長時代の社会構想-」と題して「コミュニティを問いなおす」などの著書でも主張しているグローバル定常型社会の構想について講演いただいた。冒頭、名古屋発祥の喫茶店コメダの隆盛から話を始められる。これは地域密着人口である高齢者の増加に呼応した現象という見立てからだが、先生のコミュニティ経済・地域循環経済という主張にもつながっていく。

 序論は「人口減少社会という希望-真の『豊かさ』に向けて」。幸福とはなんだろうかという提議から、リチャード・フロリダの「クリエイティブ資本論」を紹介する。これは著書でも紹介されていた。

 続いて、「資本主義の進化とこれからの社会保障」。先進諸国での若年層の失業が構造的な生産過剰から生まれていることを指摘。その解決のためには、(1)過剰の抑制(労働時間・環境政策)、(2)再分配(福祉・社会保障)に加えて、(3)地域で循環するコミュニティ経済の構築が必要と主張する。確か著書にも書かれていたと思うが、(A)生活保護、(B)社会保険、(C)雇用、という3段重ねのセーフティネットのさらに上に、新たなセーフティネット、市場経済を越えた領域(コミュニティなど)を含むセーフティネットが必要だという指摘だ。

 これを踏まえ、これからの社会保障の方向として、(1)人生前半の社会保障、(2)心理社会的ケアに関する社会保障、(3)ストックに関する社会保障、(4)都市政策・まちづくり・環境政策との統合の4点を指摘する。中でも、「福祉政策とまちづくり・都市政策との総合化」である。

 講演終了後の質疑応答の中で、なぜこれを主張するのかと質問させてもらった。私としては、住宅・都市政策の側は近年、積極的に福祉や環境を視野に入れた政策を進めていると考えている。なぜ今それを言われるのかという質問である。合わせて、福祉は政策目的、住宅・都市政策は政策手段ではないのかという質問もさせてもらった。答えは、「福祉政策側に住宅・都市政策との連携の視点が乏しいから」ということと、「統合すべきとしている福祉施策は、社会保障等の手段としての福祉を考えている」というものであった。

 後半は「コミュニティ経済」についてである。ヒト・カネ・モノが地域内で循環する「経済の地域内循環」はグローバル化に対しても強く、高度成長期以降分離していた「生産のコミュニティ」と「生活のコミュニティ」の再融合につながり、経済が本来持っていたコミュニティ的(相互扶助的)性格を有する。

 生産過剰の時代にあっては、労働生産性から環境効率性が高い経済へ移行すべきであり、すなわち、人をたくさん使い資源を節約する労働集約的な分野(福祉や教育など)が重要になってくる。

 また、グローバル化社会の先には、ローカル化が重要な時代がやってくる。若い世代では既にローカル志向が顕著に見られるが、定常化の時代には地域のローカルな個性や多様性が前面に表れる時代、成長による解決から空間的解決へ、地域への着陸が求められる時代がやってくると指摘する。

 後半は時間切れで尻切れトンボの感があったが、誠実な話しぶりには大いに好感を持つとともに、ローカルな時代、コミュニティ経済の時代への期待と心構えを再度心に刻みつけた。

 二神所長からは荒川区で取り組み注目を浴びている「荒川区民総幸福度(GAH)」について講演をいただいた。荒川区では現区長の西川氏が区長になった平成16年に、「区政は区民を幸せにするシステムである」という言葉をドメイン(事業領域)として設定し、以来、荒川区民総幸福度指標の設定に取り組んできた(ちなみに「ドメイン」といった術語はわかりにくいですね)。

 平成19年に発表した「荒川区基本構想」では、「幸福実感都市あらかわ」の将来像と、(1)生涯健康都市、(2)子育て教育都市、(3)産業革新都市、(4)環境先進都市、(5)文化創造都市、(6)安全安心都市の6つの都市像を掲げた。この将来像実現のための指標となるのが荒川区民総幸福度(GAH)指標だ。

 このため、平成18年にはブータンへ職員を派遣。平成21年には一般財団法人荒川区自治総合研究所(その後、平成23年に公益財団法人に移行)を設立して荒川区民総幸福度研究プロジェクトをスタートさせた。着目すべきは区でシンクタンクを設立したという点だ。実質は、区役所からの出向職員と外部の学識者が一緒になって共同研究と政策提言を行っており、職員の政策能力の養成も期待している。

 幸福度指標については世界的にも多くの指標提案がされているが、荒川区の場合は基本構想の6つの将来像に基づき、指標設定を行うこととしている。同時に、区政世論調査の中で幸福度に関する調査を行っているが、「幸福な生活に必要なこと」として、「健康」「家族関係」「住まい」「経済的余裕」の4つが挙げられたという。先の広井先生の話と合わせて考えると、なるほどなと興味深い。

 さて、具体の幸福度指標については、昨年8月に中間報告が行われ、まもなく中間報告(第2次)が予定されている。そこには6つの将来像に応じた指標が提示される見込みだが、先日は「健康指標」と「子育て・保育指標」について、(案)が示された。幸福度は主観的な要素と客観的な事項の両要素があって実感されると思われるが、例示された各指標についても多くの項目が並び、しかもその適切性をどう評価すべきかが課題となる。また、行政としては指標をどう施策に活かすかが最大の課題だ。

 各指標とその向上・改善を図るためにどういう施策を講じるかは、行政として考えるべき課題だが、ではどの指標が区民幸福度に最も影響するのかは施策の優先度や予算配分を決める上で配慮すべき重要な事項である。例えば、指標と施策をつなげる方策として、各指標項目と主観的幸福度調査との関係を重み付けすることが考えられる。今回の講演ではそこまでの意見はなかったが、聞きながらそんなことを考えた。

 広井先生の話は、幸福感が成長時代の終焉とともに変化し、新しい社会づくり(地域循環経済など)と施策展開(環境効率性の重視など)が求められているという指摘と構想の提示。一方、二神先生の話は、その幸福度をいかに測定し施策に反映させるかという話で、時代の転換点において新たな幸福感・豊かさの達成を異なるアプローチで研究し追い求めているものと言える。荒川区の取り組みの成果にも興味があるが、私としては今後も広井先生の予見性に注目していきたい。