小さな建築

 「小さな建築」って何だろう?

○「小さな建築」とは、寸法が小さな建築ということではありません。私たちが持って生まれた五感が、その中でのびのび働く建築、あるいは私たちの心身にフィットする建築・・・ここはどこ、今はいつ、これは何、隣はだれ、私はだれ…と、いつも感じていられるような建築と場所であってほしい。そのような感覚をもてるのが「小さな建築」です。(P2)

 象設計集団の創立メンバーの一人、富田玲子が自らの(または象設計集団の)建築思想や自らの半生、建築体験等を綴った本。実際には、富田自身が執筆するのではなく、語ったことを編集者の松井晴子らがまとめて本にしている。2007年に出版された時は読んでいなかったが、今回、「建築オノマトペ」が増補されて新版として再刊された。
 象設計集団の作品は出石市立弘道小学校や脇町立図書館を見たことがある。と思ったら、これらは創立メンバーの一人、重村力らのいるか設計集団の作品だった。名護市庁舎などは一度は見てみたい作品だが、雑誌等で見ただけでまだ実物を一つも見ていないことに気付いた。せめて近くにある多治見中学校だけでも見ておかなくては・・・。でも、見なくてもどんな作品、どんな空間が実現されているかは、雑誌等だけでもよくわかる。それだけ個性的でもあり、心地よさが伝わってくる。
 富田玲子と言えば、丹下健三ケヴィン・リンチの「都市のイメージ」を訳しており、東大丹下研究室出身だが、その後、早稲田大学の吉阪隆正研究室に移って、そこにいたメンバーと一緒に象設計集団を創設している。本書でも吉阪研究室の居心地がよく、また吉阪先生の指導方法に親近感を抱いていたことが書かれている。確かに、象設計集団の建築には早稲田の匂いがする。
 第4章「育った家のこと」で幼少期の頃を振り返るが、その頃に、浜口ミホや下河辺淳に自宅を設計してもらった話が出てくる。また、日本国憲法の執筆者の一人、ベアテ・シロタの父親、レオ・シロタに師事したピアニスト、藤田晴子にピアノを習っていたことも披露されている。なんと華麗な経歴であることか。もっともそれで今の地位を手に入れたというわけではなく、そうした経験があって筆者の感性が生まれ、象設計集団の一員として数々の名建築を生み出しているということ。一方で、女性として子育てと仕事を両立させてきた半生がある。だからこそ、象設計集団の設計には血と心が通っている。
 「小さな建築」とは、小さな人間に寄り添う建築、といった意味だろう。そして「建築のよろこび」を歌う。やはり象設計集団はいいなあ。でも創立時のメンバーは軒並み80歳近くになっている。彼らの建築の心は今後どう受け継がれていくのだろうか。本書には若い建築家の名前がほとんど挙がっていないところが少し気にはなる。

小さな建築【増補新版】

小さな建築【増補新版】

○やわらかいもの、自分よりも弱いものが身近にある環境をつくってあげるほうが、犯罪を防げると思っています。・・・暴力に対して力ではなく、やわらかさで対応していく知恵を働かせないと、際限がなくなっていくと思います。(P46)
特別養護老人ホームでは、・・・建物のすべてを自分の家と思ってほしい。草花が咲いているデッキや屋上も全部自分のものと思ったら、豊かな気持ちになるでしょう。・・・誰にとっても「老い」は未知の世界です。だから私たちの願いが、ものごとを感じ取る力を使い果たしてしまったかに見えるお年寄りたちの心に届いているかどうか、じつはわかりません。でもきっと届いているだろうと信じて、私たちは「終の棲家」をつくっているのです。(P83)
○丹下先生は私の案も含め、学生の作品をとても熱心にご覧になっていました。若い人の感性を吸収しようとする意欲が感じられました。だから逆に、林泰義は「丹下研究室に行ったら、持っているものをすべて吸収されてしまう」と思って、高山英華先生の都市計画の研究室に入ったらしいのです。そういえば、私の卒業設計のアトリエ棟の吊り構造の屋根の形は、国立屋内総合競技場に似ています。提出したのは61年だから、私のほうが先。もしかしたら丹下先生はこれを見て、影響されたのかもしれないと私はひそかに思っています。(P172)
○建築の条件はまず第一に、機能的であることです。雨漏りしない、つぶれない、燃えない、風を防ぐ、泥棒を防ぐ、人と物が収容できる、目印になる、使いやすいなどが条件です。/次に求められるのは、心地よいことです。涼風が抜ける、やわらかい光が入る、四季を感じる、広々している、こじんまりしている、自分の居場所がある、わかりやすく迷わない、静けさがある、にぎわいがある、調和があるなど、時と所により心地よさは多様です。/そして機能的で快適であることの先に、「建築のよろこび」があります。わくわくする、どきどきする、うきうきする、きらきら輝く、希望が湧いてくる、踊りたくなる、不思議な感じがする、怖い気もする、みんなで生きているんだなと思える、薫り高い、神秘的…。こんなよろこびが生まれる建築をつくりたいものです。(P248)