縮減時代の新たな地域マネジメント 「直観に従う勇気」を持つこと

 内田樹の講演を聞いてきた。神戸女学院大学名誉教授にして思想家。内田氏の本はこれまで、「現代思想のパフォーマンス」や「ためらいの倫理学」などの初期の頃から読んできた。最近は少し食傷気味な感もあるが、やはり来名するからには行かずばなるまい。友人の友人が親戚で、友人が別の友人につないで実現された、愛知大学三遠南信地域連携研究センター主催の「第1回アシタシアサロン」。Zoomでも配信されたが、私は幸運にも、愛知大学のグローバルコンベンションホールで、生の内田樹を拝見することができた。
 タイトルは「縮減時代の新たな地域マネジメント」。冒頭で、「越境地域マネジメント研究」に取り組む愛知大学三遠南信地域連携研究センターに対して、「今時、越境というのは流行らない」と軽くジャブを入れた後、「学際研究や深掘りといった言葉はもはや使われなくなった」と、最近の日本の政治状況やトランプ対バイデンの討論会などを例に挙げて、世界的な幼児化、文明の没落傾向を嘆いた。
 大阪府大阪市を統合する大阪都構想参議院不要論などの最近の風潮に対しても、「異なる意見を尊重し調整すること」について、多くの人が非効率だと言い、「多様性を維持し尊重すること」に意義を感じなくなっている。その理由は「日本が貧乏になった」から。1989年には世界の16%を占めた日本のGDPも今や6%にまで凋落した。経済が拡大しないものだから、自然、個々人のパイの奪い合いになる。すると、パイの分配が主要な関心事となり、査定が幅を利かせるようになった。
 「パイが大きくならないのであれば、餅を食べたらどうか」と発想を変えるのが、イノベーションだが、今の日本ではそうした風潮は起きない。加えて、人口減である。現在、1億2500万人程度の日本の人口だが、既に減少に転じて久しく、2060年には半減、2100年には現在の1/3になる(と、手帳を見ながら話されたが、国立社会保障・人口問題研究所の平成29年推計によると、出生低位・死亡高位の条件で、2060年に8600万人、2100年には4800万人となっているから、多少話を盛ったかもしれない)。こうした状況に対して、政府は少子化対策などを言うばかりで、人口が減少した時にどういう国づくりをしていくのか、その方針をまともに述べてはいない。述べてはいないけれど、「首都一極集中」そして「地方切り捨て棄民政策」という方針であることは明らかである。
 しかし実は、人口5000万人だった明治末にも日本全国に人は住んでいた。「それを目指すべきだ」というのが内田氏の主張だ。「地方離反シナリオ」と呼ぶ。経済思想家の斎藤幸平氏は「人新生の『資本論』」で「現在の状況を打破するには、経済成長を止めるしかない」と言っている(さっそく読まなくては!)。また、神戸大教授の医師、岩田健太郎との対談の中で、「新型コロナは都市の脆弱性を明らかにした」と語っている(岩田健太郎との共著「コロナと生きる」も読まなくては!)。すなわち、在庫を持たず、必要な時に必要なモノを取り寄せるという「ジャスト・イン・システム」の不都合さが浮き彫りになった。アメリカではさっそく「国内生産を強化しよう」という動きも見られるが、その時に重要なのが「ニッチをずらす」という考え方である。
 ところで、人口減少が始まると、既に農村部では獣が人間の居住地に侵入して、様々なトラブルを引き起こしているが、自然の繁殖力というのはバカにならない。一方で、自然と居住地とのフロントラインに人間を置くことで、自然の繁殖はかなり抑えられる現実もある。経済学者の小沢氏(調べたが、誰か不明?)は、「農村に人口の1/4を置け」と主張したが、地方部の文化的な魅力等を発信するなどして、「地方離反シナリオ」をもっと強力に推し進める以外に日本の人口減に対応する方法はない。2040年には中国でも人口減が始まる。人口減対策について「今こそ衆知を集めるべき時だ」と訴え、講演は終わった。
 その後の質疑応答では、「地方離反シナリオ」のための具体的な方策や「直観の重要性」などについて質問があった。後者の質問に対して、スティーブン・ジョブズの言葉を引き、直観はみんな持っている。大事なのは「心と直観に従う勇気を持つこと」と答えていた。この言葉がもっとも心に残ったかもしれない。内田樹の言葉ではなく、スティーブン・ジョブズの言葉で恐縮だが。
 肉眼で見、肉声を聞いた内田氏は、予想以上に「普通」でマイルドだった。声も優しい。そして、多くの書物を読み、そこから自分で考えているということがわかる。「縮減時代の新たな地域マネジメント」についても、具体的な方策は直面するそれぞれが考え、行動していくべきだろう。「私に何ができるのか」と自問し、自答することは難しいが、久しぶりの講演に新鮮な気分を感じた。「直観に従う勇気」。そのために、まずは自分を信じること。そして、結果を受け入れること。そんな「勇気」を持つことが重要だと得心した。