地域をまわって考えたこと

 小熊英二と言えば、自分の父親の半生を客観的に取材した「生きて帰って来た男」は面白く読んだ。歴史社会学者という肩書になっているが、現代社会に対してもそれなりの意見を述べる論客というイメージでいた。本書はそんな小熊氏が移住希望者向けの雑誌「TURNS」の連載企画で各地を訪れ、執筆した記事を中心に掲載されている。訪問した地域は、福井県鯖江市、東京都檜原村群馬県南牧村静岡県熱海市宮城県石巻市、そして雑誌連載ではなく独自取材として、高島平団地の6地域である。これに序論と結論が添えられている。
 社会学者・小熊英二の目から過疎地域や移住の現状はどう見えるかという点に興味を持って読み進めたが、はっきり言って期待倒れだった。それでも、檜原村の移住(移住する側と受入れる側)の現実や、石巻市の「災害ユートピア」の現状は興味深い。すなわち、移住に過大な期待はすべきではないし、ひょっとしたら現在は、太平洋戦争の災害ユートピア後の社会という捉え方ができるかもしれない。
 現実は甘くないし、伝統や文化は根強い。一方で着実に変化しているものもある。小熊英二という、普段はもっぱら屋内で書籍とにらめっこしているような感じの社会学者が、社会学関連の書籍を片手に持ちながら、地域の現状を見るということは意味があるのかもしれない。つまり、けっして地域の現状に対して助言や批判などをするのでもなく、ただ淡々と記述している。そこに他の地域研究者との違いがある。そんな気がする。
 序論と結論は、取材を終えて本書のために書き下ろした論考だが、正直、大したことは言っていない。結論に至っては、山下祐介の「限界集落の真実」をベースに書いていて、「それでいいの」とは思うが、もちろんそれだけではなく、取材をベースに最後は「チャレンジ精神と愛着をエネルギーとして、持っている資源と他からのニーズを把握し、目標を設定して精進すること」(P182)という「平凡な真理」を書く。いかにも小熊英二らしい。
 地域が素材になっているが、小熊英二のお勉強にお付き合いしたというのが読み終えた正直な感想だ。小熊ファンならそれでもいいのだろう。

地域をまわって考えたこと

地域をまわって考えたこと

○移住者の側は「田舎暮らし」を期待する。しかし受入れ側が移住者に期待するのは、村の人が持っていないもの、たとえば事務能力や企画力、法的知識、都会とのネットワークなどだったりする。……移住者に必要な資質は……一言でいってしまえば、「常識があって着実な人」ともいえる。鈴木氏がいう「勤勉で会話力のある人」も、その延長線上にあると考えられよう。(P045)
○移住する側と受入れる側が、ともに「夢」や「理念」を持っていないと、変化は起きてこない。なぜなら「夢」や「理念」がなければ、変化に耐えられないからだ。人間は変化のために着実に努力するよりも、現状に安住しながら文句を言っているほうが楽である。移住する側も、受入れる側も、自分自身を変えるという困難を乗り越えるには、着実さと理念の双方が必要なのだ。(P057)
○「不謹慎に聞こえるかもしれませんが、震災直後はある意味、わくわくしていた。いまはちょっと停滞ぎみ」という。……「被災地って、深刻な顔をしているだけじゃない。……僕も大切な人を失ったけれど、そういう非日常を、地域の年長者もある意味で楽しんでいたと思います。」……災害の直後は、既存の秩序が崩れ、人々の助けあい意識が高まる。これを学問的には「災害ユートピア」という。しかし、その期間は長くは続かない。……ISHINOMAKI2.0の松村氏は、「震災から5年くらいは、僕も街もドーピングをうけていた。これからが正念場です」と語った。(P110)
○「以前は、子育て中のお母さんの声を、地域の偉い人に聞いてもらえるムードがなかった。ところが震災で、上下関係やしがらみが崩れ、お互いに助け合う機運が出てきた。……もう一つ、震災で支援のNPOがたくさん石巻に来たことが、地域の刺激になった。……」/ここでも震災が「国内文化交流」を促進し、新しい機運を生むきっかけになったことがわかる。とはいえ荒木氏は、「いまは、古い上下関係がもどってきているのが気になる」と語ったのだが。(P121)
○インフラや財政をふくめた地域の持続可能性が確保され、地域で「健康で文化的な生活」が維持できるなら、活気がなくても「困る」ということはない。地域の目標は、まずこの点の確保に置かれるべきである。……「地域振興」の目的は、自治体財政の改善や域内GDPの増大だけではない。その地域の人権を守り、人口バランスとインフラを維持して地域を持続させることも、目的として認められてよい。(P175)