自分にあわせてまちを変えてみる力

 饗庭伸の本を読みたくて、本書を借りてみた。ただし、これは饗庭伸の他、薬袋奈美子や秋田典子など大学を異にする6名の研究者の共著。共同で実施した韓国と台湾におけるまちづくり調査の内容をまとめたもの。
 ただ、まとめ方はかなり面白い。出だしの「アジアの地図をやわらかい頭で見てみよう」では、「逆さ日本地図」や「アジア回転地図」を見せて、固定的な世界観を壊すところから始めるのはかなりインパクトがあった。また、第2章「デザインカタログ」では6つのテーマごとに4~6つの事例が多くの写真やピクトグラム風のイラストとともに掲載されている。
 これらを見ながら「自分にあわせてまちを変えてみる力」って何だろう?と考えた。「自分にあわせて」という部分は、みんなと一緒にではなく、「自分」となっており、協調ということは主眼にない。さらに疑問に感じたのは「変えてみる」の「みる」の部分。「変える力」ではなく「変えてみる」ということは、「試しに」とか「一時的に」といったニュアンスを含んでいる。紹介される事例の中には、活動を始めた「キーパーソンが次々と転居して、活動は終了した」という事例もあるので、まずは「やってみる」という部分に注目しているんだなと思った。別にまちの将来に責任を感じる必要はない。ただ個々がまちに対してやりたいことを自由にやる。そうした住民とまちとの関わりを、韓国・台湾の事例の特徴として着目し、評価をしているということかな。
 第3章では、こうしたまちに対する個々の小さな働きかけに注目して研究や活動をしているランドスケープデザイナー、社会学者、建築家、そして台湾の都市づくりを研究する研究者との対談が掲載されている。中でも銀座における「工夫と修繕」のフィールドワークを行っている社会学者の加藤文俊氏の話は興味深い。最後の第4章では、韓国・台湾・日本のまちづくりの歴史がまとめられている。
 アジア的・近隣。でも違う国。面白いけど、そのまま日本で成り立つわけではない。いや、国内だって、特定の地域の事例を他都市でそのまま適用したってうまくいくはずがない。だから、事例を勉強するというよりも、まちに対する個人の関わり方はいろいろあるということを学んだという感じ。それで実際に「自分にあわせてまちを変えてみる」かどうかは、それぞれの考えとまちの環境にかかっている。変えればいいというものじゃない。でも、「変えてみる」ことはできるということを知った。それを啓発するための本だったのかなと思った。

自分にあわせてまちを変えてみる力 -韓国・台湾のまちづくり

自分にあわせてまちを変えてみる力 -韓国・台湾のまちづくり

○普通の人々の生活の中でさまざまなものが混じり合った結果から空間や習慣が生み出され、それが長く続くことによって、生まれてくるものが伝統や正統性である。・・・そう考えると、まちづくりにおいて発言する「自分にあわせてまちを変えてみる力」こそが伝統や正統性をつくり出すものであると考えることができる。・・・それを伝統や様式で整理するのは後世の歴史家に任せておけばよい。(P16)
○個人の表現に対する渇望と、それを個人の手が及ぶ範囲で懸命に実践していること、それが集積して結果的にまちの風景を変えるほどの効果を持っている・・・。日本はまちのパブリックに対する感覚が欧米と違い、市民が積み重ねてきた実感がないんじゃないかと思います。・・・パブリックとプライベートの境界を飛び越えるものとして、場所をパーソナルにするという行為はひとつのヒントではないでしょうか。(P91)
○僕たちには、見てほしい、気付いてほしい、かまってほしいというある種の「見せたい欲」があります。・・・「私がこんなにしました」っていうことを、みんなに承認してほしいという欲求がある。・・・その裏返しで、僕たちには、隣の人の生活を覗きたいというような欲求もあります。つまり「見たい欲」です。・・・僕たちは・・・自分の生活時間を組織化していく中で、「見せたい欲」と「見たい欲」との接点を探っているわけですよね。(P98)
○植民地下の台湾では、土地への補償さえする必要がなく、政府は建物を取り除くだけで都市を切り裂くように道路をつくれた。だから街区の内側には昔からの華南都市の魅力が残され、台湾人は合って物を全部壊すことなしにパッチを当てたり、造作を変えたり増築したりするトレーニングを積んできた。・・・台湾にかぎらずアジアのおもしろさって、その背後に植民地支配という負の歴史があるという視点も重要なんじゃないかと思いますね。(P103)
○早くに民主化した日本を見ていると、その後の時間の中で、民主化は「空気のように忘れられていく」という流れを辿り、その一方で間接民主制を支えるさまざまな仕組みが充実化していくという流れを辿る。相矛盾するようだが「空気化」と「充実化」がポスト民主化のキーワードである。(P141)