南海トラフ地震

 東日本大震災の記憶が次第に風化しつつある一方で、南海トラフ地震の発生はいつあってもおかしくないと言われている。南海トラフ地震はいつ起きるのか、どの程度の規模の地震なのか、そもそもどういうメカニズムで起きるのか。国などが公表した被害想定をどう捉えればいいのか。津波や噴火、誘発地震の可能性はどうか、などなど、南海トラフ地震に関わるさまざまな知見について、わかりやすく説明をしている。山岡先生には直接お会いし、また話をしたことがあるが、その人柄そのまま、実に懇切丁寧に説明がされている。
 まず、マグニチュードの概念について、わかりやすい説明がある。なるほど、これほどわかりやすい説明は始めて聞いた。東北地方太平洋沖地震東日本大震災を引き起こした地震の正式名称)の発生メカニズムについても日本海溝がその要因となっていることをわかりやすく説明する。ふむふむ。また、的中率や予知に関する説明もわかりやすい。事前に予知公表することによる経済的な影響、その費用対効果により的中率の評価が変わる。被害コストより応急対応コストが十分低ければ、たとえ的中率が低くても、予知情報を出すことに意味がある。しかし今はまだそこまでの的中率で予知ができる状況にないということのようだ。
 終章のタイトルにあるとおり、僕らは「それでも日本列島に生きる」しかない。国民的な議論と対応が必要なのは事実だが、個人的にも十分理解し、覚悟しておく必要がある。その意味でも本書は十分参考になる。良書だ。

南海トラフ地震 (岩波新書)

南海トラフ地震 (岩波新書)

マグニチュードは、ずれ動いた断層の面積と、断層面に沿った平均的なずれの大きさのかけ算を元に算出している。・・・マグニチュード5の地震震源の大きさは・・・面積にすると約10km2である。平均的なずれは、およそ15cm程度である。・・・マグニチュード6の地震の断層は・・・面積は10倍、ずれの大きさは3倍となる。したがって、面積とずれのかけ算は約30倍となる。これがそのままエネルギーの増大分に対応しているのである。(P7)
○2011年3月11日午後2時46分18秒、宮城県沖のプレート境界で最初の断層のずれが始まった。・・・もし境界面のずれが狭い範囲に止まっていれば、東北地方の太平洋沖ではしばしば起きるマグニチュード8クラスの地震で終わっていただろう。しかし、この地震はそれでは終わらなかった。・・・日本海溝に近い領域の応力が摩擦力を超え、急激にずれたことで、ずれの範囲が海溝部にまで達してしまったのである。・・・海溝はプレート境界の端であり、もはやずれを制限する領域は存在しない。・・・海溝付近の境界面でのずれが非常に大きくなってしまったため、周辺の境界面に及ぼす応力も大きくなり、ずれの範囲は急速に北と南に拡大していった。(P10)
南海トラフ地震の前後では、西日本の内陸で地震が発生しやすくなる。・・・過去の南海トラフ地震発生直後の内陸地震としてよく知られているのが・・・1945年の三河地震である。・・・2011年の東北地方太平洋沖地震では、発生からちょうど1ヵ月後の4月11日に、福島県いわき市マグニチュード7.0の地震が起きた。・・・断層の動きは正断層型であり、東北地方の内陸部で発生する通常の地震とは異なる断層の動きであった。東北地方太平洋沖地震によって、それまで東西に押されていた東北地方にかかる力が抜け、東西に延びるタイプの正断層型の地震が発生したと考えられている。(P136)
○的中率がどの程度であれば警戒宣言が利益を出すのか。・・・的中率が費用とコストの比よりも大きければ、予測がコストに見合う利益を出すことになる。・・・現在の東海地震対策は、東海地震の予知の的中率が2割以上であると見込めなければ、経済的には(直前予知は)「不可能」と同じと見なせるだろう。応急対策による利益を減らさないようにコストを減らすことができれば、的中率がもっと小さくても「可能」と扱える。つまり、直前の予測にもとづいた応急対策の内容で予測の実力(的中率)を評価することが必要である。(P184)
地震につながる可能性の評価を含めた公式の情報が必要であるならば、その時の対策や対応は社会全体で事前に議論して、何をするか意思決定をしておかなければいけない。逆に、対策や対応について事前に意思決定されていない場合には、社会の混乱が懸念されるため情報は出しにくい。こうした事情があまり理解されず、地震予知の可能不可能論争が議論されることが多い。(P194)