日本人はどう住まうべきか?

 国立競技場がやり直しコンペの結果、隈研吾らが提案したA案で決定した。隈研吾の名前はそれで一躍有名になったのではないか。だからだろうか、2012年に刊行された本書だが再び文庫本で発行されることになった。これまで養老孟司の本は読んだことがなかったが、今回初めて読んでみた。別に養老孟司に文句があるわけじゃない。それよりも隈研吾に興味がある。
 隈研吾はこれまで「負ける建築」「自然な建築」「三低主義」「小さな建築」と読んできた。改めてこれらの読書感想を読み返すと、「負ける建築」の時は絶賛していたのに、「小さな建築」では懐疑的な感想になっている。そして本書を読んで改めて「隈研吾ってどうよ」と否定的な感想を持ってしまった。
 ひょっとしたらこれは対談本というせいかもしれない。最初のうちけっこう建築的な観点からは「そんなこと言っていいのか」と思うようなことが続出する。引用した「建築界は時間的な視点が欠けている」という意見は確かにそうかもしれないと思わないではないが、その直後には「建築の構造計算は3倍の安全率を見ていて、自動車などに比べて飛びぬけて高い」と言ってみたり(「3倍」の中に経年劣化分が含まれていないだろうか)、「動的解析なんて簡単。そうすればもっと細い柱にすることができて、資源やエネルギーの無駄遣いをしなくて済む」なんて趣旨のことを言ってみたり。そして「コルビュジエはマーケティングの天才」(下記引用)と言うんだけど、本当かな。これまでコルビュジエに対するそんな評価なんて聞いたことがなかった。
 そんなこんなで本書の最初の部分はすっかり鼻白んでしまったけど、養老孟司が常識的で都市論などは納得のできる議論になっていく。もっとも第6章は養老孟司の「参勤交代のススメ」について対談をしているんだけど、その意味がさっぱりわからない。いや、「人間、年に数回は全く違う環境に身を置いて、社会のこと、仕事のことなどを見てみる必要がある」という趣旨は理解するが、みんながそれをできるわけではない。養老自身が「だから、サラリーマンがみんなサバティカル(長期休暇)を持てばいいんです。後で何が起こるか保証しませんが(笑)。」(P180)と言っているくらいだから。
 また、隈の言う「だましだまし」の意味がさっぱりわからない。「現場主義」という意味で使っているのだと思うけど、誰が何を「だます」のか? 「理想主義ではない。漸進主義だ」ということならわからないでもないが。
 本書を読みながら改めて隈研吾って賢い人なんだろうなと思った。現在の人々が何を求めているかが非常によくわかっている。それで「だましだまし」とか「ともだおれ」の思想と言うのだろうけど、たぶん隈研吾はけっして騙されないし、「ともだおれ」もしないだろう。だって隈研吾のデザインって、自然素材を使ってはいるけれど、ずっと洗練されているし、伝統的技術だけに留まってはいない。その時になって初めて騙されていたのは私たち自身だってことに気付くのかもしれない。その点、伊東豊雄の方がよほど自分自身に正直だし、建築技術のあり様や社会との関係について真正面から向き合っているような気がする。養老孟司との対談ということもあるのかもしれないが、隈研吾の方がずっと調子がいいように感じる。

日本人はどう住まうべきか? (新潮文庫)

日本人はどう住まうべきか? (新潮文庫)

○【養老】前提条件がある上で論理を使うのが理科系なので、理科系の人間は前提をいじることを嫌うんですよ・それで、前提を変えた質問をすると、「専門外です」と言われちゃう。だから、建築にとって津波は「ない」ことになっていたんでしょう。・・・/【隈】実は、時間に関しても驚くほど無神経なんです。関東大震災クラスの地震は60~70おきに起こるので、それに耐えうる設計の基準は決められています。ただ、その基準で建てた建物が何十年か経って劣化してきたときに、同様の耐震性能があるかということについては、基本的に誰も考えていません。(P22)
○【隈】コルビュジエは20世紀最高の建築家と言われていますが、どうして彼が有名になったかというと、ピロティでもって、建築と地面を離したからです。・・・ピロティにして、大地から建築を切り離せば、どんな環境の中だって一応、同じような均質な建築空間は作れるでしょう。そのやり方は、インドでもアメリカでも、どこでも通用することを彼は見抜いていたんです。そういう意味ではマーケティングの天才ですし、・・・その手法が商品として世界で一番たくさん売れると彼が考えていた。(P50)
○【養老】だいたい都市を計画して作る、という発想がヨーロッパ型の考えで、アジアを見ていると、都市って自然発生するんですよね。そもそも僕は、都市計画という言葉自体が、よく分からないんですよ。・・・計画によって、どこまでもとの土地とのつながりは考えられるんでしょうか。地方ごと、地域ごとに最適解があるという話がさっきあったけど、部分的な最適解は全体の最適解に一致しないで存在するでしょう。(P59)
○【隈】都市にしても、住居にしても、家がプライベートな空間だと思ったときから、いろいろな間違いが始まったのではないかと僕は思っています。・・・【養老】日本では分譲マンションが圧倒的に主流ですね。ビルそのものは公共的なものなのに、その公共的な場所の一部分を私有するというヘンな感覚が普通になってしまっている。・・・【隈】都市というのは基本的に、賃貸という形を採用することで、家族形態の変化やライフスタイルの変化などに応じて、フラフラと移動しながら住むようにできているんです。・・・都市という生き物は、住宅を分譲して「資産だよ」と言った途端に、大きな病を抱え込むことになります。【養老】流動性がなくなることだからね。都市という生命体の代謝が悪くなる。(P104)
○【養老】日本は、短期の手続き主義に陥っちゃったんですよね。手続き主義って非常に安定していて、システムの中ではいいんですよ。手続き主義だけでやっていくと、道は見えていて歩けるんだけど、最終的にどこに行くかが分からなくなる。(P174)