日本のカタチ2050

 みかんぐみの「竹内昌義」、R不動産の「馬場正尊」、コミュニティデザイナーの「山崎亮」。今をときめく建築関係者の名前が表紙に大書されていた。そして「日本のカタチ2050」というタイトル。35年後の2050年を時代の最先端を行く彼らがどう描くのか。興味を沸いて書棚から即、取り出した。
 馬場正尊が書く「おわりに」の最後は、「その先に、理想の2050年の日本を見ながら」(P229)という言葉で終わっている。だが、実は本書には、2050年の姿がほとんど描かれていない。人口動向や経済情勢などの基本データは冒頭に置かれているが、それを使って2050年を描こうという努力も微塵もない。2050年という未来に向かって、今の時点で何を考えているか、何をしているかという各自の考えや思いが語られているだけだ。
 2050年というのは、本書でも書かれているが、1945年・1980年 ・2015年と並べると非常に象徴的な間隔になっている。終戦、オイルショック、そして東日本大震災福島原発事故だろうか、それとも2015年には更なる出来事が起きるのか。そう考えると、2050年を目途に掲げるのは非常に適切だ。だが残念ながら本書では、その2050年について明確なイメージが描かれていない。その点は大いにがっかりした。
 その一方で馬場正尊の、2050年は「役に立ちたい」がモチベーションになり、都市は単なる中継点となるというイメージは説得力がある。本書で唯一、2050年性を感じた部分だ。
 そこに向かって、人同士のつながりはやはり今以上に重要になり、コミュニティデザインも重要な技術となり、環境も政治ももっと身近なものになっていく。彼らの語る言葉はどれも正しいと思う。だけど、もっと否定的な未来、バラ色でない未来を描いてほしい。修羅場のような時代で人はいかに生きていくか。それこそが2050年に向けて我々が覚悟しなければいけない未来ではないか。
 2050年は実はまだ通過点だ。人口はさらに減り続けるし、高齢化は頭打ちになりつつあるが、それゆえの問題も発生していることだろう。「2050年は『役に立ちたい』がモチベーションになる」というのは実は間違いで、2015年から2050年までの35年間は「役に立ちたい」がモチベーションになるかもしれないが、2050年からは別の時代が始まる。そこにこそ興味がある。そして2050年から始まる時代を生きる世代はもう人口の半分以上を占めているのではないか。まさにみんなの問題だ。ちなみに私はその頃にはたぶん死んでいるので、「私の問題」ではない。悪しからず。

日本のカタチ2050

日本のカタチ2050

●僕らが2000年ごろから提唱しているのは、何かをつくるから人の意見を聞きましょうということではなく、まずはそこに住んでいる人たちの意見を聞いて、自分たちが課題だなと思っていることを明確にしていき、そして、自分たちで解決していくことをエンパワーメントしていくことだ。それは、人のつながりをつくって課題を乗り越えるチカラをつけていくことであり、ハード整備を前提としないコミュニティデザインである。だから、僕らの課題は、「コミュニティデザイン3.0」ということになる(P034)
●「社会参加」というとき、それはとてもまじめで正しくて小難しく見える。これだと社会参加なるものは実現しないだろう。「参加」をめぐる機会の創出にデザイナーが関わるべきだと考えたのはこうした理由だ。正しそうなことを楽しそうなことに変える力を持つのがデザイナーだと思ったからだ。(P051)
●今、2015年が目の前だ。2050年はここからさらにもう1ターム、35年先の世界だ。この時代を予感させるモチベーションは「役に立ちたい」なのではないかと思う。日本人は戦後、豊かになりたいと思い、その後、儲けたいと考え、今、役に立つことを新たな欲望として感じている。(P084)
●カーテンウォールの高層建築が経済的勝者の象徴ではなくなり、緑の森が豊かさの象徴になる。人は都市を移動の中継点と捉え、生活の場を海のそばへ、山の中へ、薄く広く散開させていく。流通と交通の進化で、どこにいてもほぼ同じ仕事の環境を享受することができ、都市にいることが特別な価値ではなくなる。(P097)
●僕らは多様性を担保したまま、世の中を変えたいと思っていますよね。(P185)