住宅セーフティネットの実態と論点

 「住宅政策のどこが問題か」「都市の条件」などの著作がある神戸大の平山教授に名古屋までお越しいただき、「住宅セーフティネットの実態と論点」と題して講演をしていただいた。約1時間、先生からお話をいただき、残りの1時間で意見交換をしたという感じ。

 前半の講義はまず「住宅政策のタイポロジー」として、社会学者等による様々な類型論から始まった。Esping-Andersenの福祉レジーム類型自由主義:市場、保守主義:共同体、社会(民主)主義:国家)、Schwatz&Seabrookeによる持家市場の類型化(自由主義市場:住宅ローン持家、コーポラティスト市場、国家・開発主義、カトリック・家族主義市場:相続や親が購入)、Kemenyによる賃貸住宅政策の類型化(デュアリスト・モデル:公的賃貸直接供給+民間借家、ユニタリスト・モデル:家賃補助による社会住宅)、Stephensによる社会住宅政策の類型化(救急車サービス:弱く少ない、セーフティネット:中間、ワイダー・アフォーダビリティ:広く強い)などを紹介し、さらに最近は東アジアが注目を集めていると言う。

 すなわち、東アジアでは広く、住宅政策が社会政策ではなく経済政策の一つとして実施されており、Groves,Murie&Watsonはこれを「資産所有型福祉国家」と名付けている。確か「都市の条件」でも紹介されていたが、経済政策として持家を所有させ、その結果、老後の住居費を抑え、少ない年金で済ませるというもの。しかし最近の経済動向などから、その不安定性と危険性が危惧される。一方で、住宅は社会慣習など過去からの影響に依存する傾向が強いため、昨今の新自由主義がどう影響していくか注視していく必要がある。

 こうした状況を踏まえ、日本特異の住宅政策について考察する。まず、日本の住宅政策は社会福祉よりも経済政策が牽引する生産・開発主義型であり、資産所有型福祉である。また、企業と家族の役割が強く、雇用を確保すれば住宅は自ずから確保されると考える傾向がある。住宅所有形態と住宅手当受給世帯率の各国比較のグラフが示されたが、日本は公的賃貸も少なく、住宅手当は生活保護世帯に支給されている程度で数字が示されていない。「住宅政策の位置付けが非常に曖昧である」と結論付けた。

 住宅所有形態をツリー状に分類した図が特徴的である。持家/賃貸住宅をさらに市場/非市場に分類する。市場持家/市場賃貸住宅については高価格/低価格住宅に分ける。一方、非市場賃貸住宅を公営等の社会住宅と社宅等の非社会住宅に分ける。すると、社会住宅は5%未満と少なく、非社会住宅がかつてはかなりの部分をカバーしていたが、近年は減少の傾向が進んでいる。低家賃市場住宅(木造民営借家)もかつては相応の数があり、低所得者を吸収していたが、近年減少の速度が速まっている。一方、持家で低価格住宅が生まれつつある一方、親の家や親から相続した住宅に住む世帯が増えている。

 これまで公営住宅も少なく、住宅手当制度もなくてやってこれたのは、社宅や低家賃の民間借家、それに親から相続される住宅など多種多様な住宅があったからだ。しかし住宅所有形態は次第に変化している。30代以下の若年層で持家世帯率が減少し、民間借家世帯率が上昇している。

 持家セクターにおいては、所得が減り、ローンの借入率(LTV)が上昇し、住居費負担率が上昇している。一方、住宅資産の市場価値が減少し、残債が増大し、担保割れ物件が増えている。可処分所得から住居費を差し引いたアフター・ハウジング・インカムが減少し、住宅建設に係る住宅以外への支出(家具や自動車等)も減少して、景気刺激効果が薄れている。変動金利ローンにより返済不可能になる者も増え、競売等も増大している。

 一方、賃貸セクターにおいても、可処分所得の低下、住居費の増加による住居費負担率の増加が起きている。中でも家賃別借家数の経年変化を見ると、見事なまでに高家賃の住宅に住む世帯が増加している。老朽化した低家賃の民間借家が減少し、家賃は確実に上昇している。しかしこうした現象はじわじわとやってくるため、社会問題になりにくい面があるのではないかと指摘された。

 以上、住宅政策の類型化と現在の日本の住宅事情の変化を分析した上で、日本の住宅政策について課題を指摘する。そもそも「住宅政策の市場化とセーフティネット」は基本矛盾があるのではないか。市場化を進めるということは、セーフティネットは最小限とするということが含意されている。従来は「最低居住水準未満世帯の解消」を目標にしていたが、今は「住宅確保要配慮者」を対象としている。しかし我慢して劣悪な住宅環境に耐えている人は対象としなくていいのか。

 また、公営住宅の「福祉住宅」化が進み、高齢者・障害者・母子家庭・DV被害者・被災者などばかりが入居する場となり始めている。固定した貧困層が公営住宅に沈殿している。一方で民間借家の活用に対して、政府はどこまで真剣に考えているのか。あんしん賃貸住宅支援事業やストック活用型住宅セーフティネット推進事業が住宅困窮者の対策に効果があったとは思えない。また保証人が立てられない人に対して有効な施策を打っていない。

 雇用政策とセットで講じられる住宅保障制度は、失業をして再就労をめざさないと住宅手当が支給されない仕組みとなっており、さらに給付期限がある。働けない人は住宅保障を受けられない。また、所得保障とセットとなった住宅保障制度は、生活保護制度の中の住宅扶助費だが、住宅の規模や要件の規定がなく、貧困ビジネス等に利用されている実態がある。経済学者は家賃補助よりも使途を規制しない所得補助を主張する傾向にあるが、住宅条件を付与した家賃補助の方が物的改善へのインセンティブを与える。

 そしてそもそも地方公共団体にとって住宅政策は忌避される傾向にある。公営住宅は福祉コストを高め、税収を下げ、家賃滞納や家賃減免等による収入減など、公営住宅だけの事業収支に留まらないマイナス面があり、新婚世帯向け家賃補助に代表される中間層を重視した施策に重点化されていく傾向にある。自治体にとって、住宅セーフティネット政策をやると儲かる仕組みがないものか。

 これらの課題を挙げた後、総括として住宅セーフティネットの再構築について述べて、まとめとされた。今後、非正規雇用第一世代が40代を迎え、低所得の単身世帯、片親世帯が増えてくる。さらに低所得高齢者も増加し、不安定居住者の急増が危惧される。こうした中、これまで日本の住宅事情を支えた企業・家族の力が落ちている。政府と市場の両者のバランスの取れた政策が望まれる。

 ヨーロッパでは過去の住宅投資がストックとなり、現在も活用されているが、木造住宅中心の日本では建替えが中心で社会資本として蓄積活用していく視点がなかった。今後はそうした投資が重要になる。先のドイツの総選挙では住宅政策が争点の一つとなっていたが、日本ではかつては右・左のイデオロギーが、最近は雇用や福祉などの暮らしが争点になっているが、住宅が政治問題になることはない。しかしこれからの脱成長・超高齢社会は、収入のない人が増加する時代であり、住宅政策は大変重要になってくると思われる。住宅セーフティネットの再構築を急ぐ必要がある。

 概ね以上のことを話していただいた後、意見交換に入った。最初に私から、既に公営住宅は建替え中心から長寿命化改善などによるストック活用の方向に移っていること、愛知県ではストック活用型住宅セーフティネット推進事業はかなり利用されたが住宅困窮者の入居につながったかは定かでないことなどを説明した。

 その後、民間空家の活用や劣悪でないシェア居住の可能性、都市部の公営住宅は事業収支は黒字にも関わらず行政内部で住宅政策が敬遠される要因、市民意識の涵養の必要、愛知県では公営住宅入居者に自民・公明支持者も多いといった政治状況の特殊性、そもそも現状の政策のままだと住宅困窮者はどうなってしまうのかなど、ローカルな話題も含め、議論が展開した。

 その後の懇親会も含め、平山先生には最後まで楽しく意見交換をさせていただいた。また、後日のメールには「名古屋は住宅事情が良さそうで、セーフティネットのあり方も少し違うのかもしれない」とコメントをいただいた。「だから愛知県の住宅セーフティネットはこういう方針で取り組み、効果を挙げているんです」と言えればいいのだが、とてもそんな状態にはない。いつまで経っても五里霧中で模索中という状態。三宅醇先生の言葉(オリジナルは北大の真嶋先生らしい)だが、だからこそ「シコウ=思考・試行・施行」が大事。これからも多くの人の協力を得て、愛知県における住宅セーフティネットのあり方について考えていきたい。