愛知県立芸術大学で新築なった音楽学部校舎を見学

 愛知県立芸術大学と言えば、吉村順三氏の設計で、数年前に大学が再整備計画を明らかにした時には 地元のマスコミ等でも建替えの是非について取り上げられた。これを機に、DOCOMOMO japanの一つに選定され、保存・活用に関する要望書も提出された。その後、大学当局では有識者等を集めてキャンパスマスタープランが検討され、改修を中心に再整備を進める方向性が示されている。私自身は30年近く前に一度訪れた記憶があるが、その後は長らく訪問していない。先日、音楽学部校舎が新築完成されたのを機に見学をする機会を得た。

Dsc03631 猛暑の中、リニモ「芸大通」駅から歩く。アプローチは街路樹の日陰となっているが、それでもけっこう遠い。ようやく近付くと、正面に管理棟。右手にアーチ状の屋根にカマボコ型の妻面が特徴的な講義棟の外観が見えてくる。芝生や植木はよく手入れをされている。二つの建物とも1階は十字形の柱が支えるピロティ形式で、上階にマッシブな箱が載っている。管理棟に入ると吹抜けロビーにモザイクタイルの壁画とブロンズ像。いかにも芸術大学らしい佇まい。サッシュの枠や天井などが細身の部材で構成された和風な雰囲気で、これが吉村順三好みかなあと思う。

 管理棟の奥、東側に音楽学部の新校舎が建設されている。奥に細長い音楽学部棟が訪問者をやさしく迎え入れるように軽く内側に折れ、左右に翼を伸ばしている。その手前にあるのが右に室内楽ホール、左に演奏棟。室内楽ホールは上部が狭まった縦長の台形で、昔ながらの細い杉板模様の型枠によるコンクリート打ち放しの外壁。1階ホワイエ部分の内壁も同じ仕上げで、しかも壁面の膨らみや補修痕もない。いい仕事をしている。

Dsc03637 室内楽ホールは200人ほどが収容できる小振りの部屋で高い天井が特徴的。左右の壁面にランダムに角材が張られ、音響に配慮している。安い材料を巧く使ったという印象。室内楽ホールには他に小演奏室が1室付属しているが、これも十分音響に配慮した造りになっていた。

 室内楽ホールに対峙して北側に演奏棟。こちらは一転、タイル張りの外装でコントラストをつけている。コンクリート打ちの上部を荒く研ぎ出した床仕上げとしており、これも面白い。ビニルシートなどの仕上げでは重い楽器の搬出入ですぐに傷んでしまうからだそうだ。内部は、オペラ・合唱室と大演奏室2部屋。室内楽ホール同様に音響第一の内装だ。

 この演奏棟からブリッジを渡り、音楽学部棟へ向かう。音楽学部棟は東垂れの斜面地に建っており、ブリッジから入るロビーは2階に当たる。右に練習室、そして左に教授陣の研究室が並ぶ。音響を第一にした小部屋だが、電子音楽、録音スタジオ、オルガンやハープ、コントラバス研究室など各種の楽器に応じた専門室や楽器庫もある。練習室はロビーから使用・非使用の表示を操作できるようになっている。研究室から窓の外を眺めると鬱蒼とした緑の海、その先に愛・地球博記念公園モリコロパークの観覧車が見える。絶好のロケーションだ。 Dsc03635

 音楽学部棟を地階まで降りると、ピロティ形式の円柱が並ぶ屋外ステージになっている。ロビー部分を上部まで延びる円柱がきれいだ。ここから東側を見ると足元に調整池と工事中の雨水等を下流まで送る排水管が見える。敷地東側を流れる堀越川に生息する貴重種「カワモズク」を保護するための対策だ。また絶滅危惧種であるギフチョウが産卵するというスズカカンアオイの移植や域外から園芸種を持ち込まないなど、環境保護に最大限配慮を行ったそうだ。

 今回の音楽校舎棟は、これまで学長公舎があった斜面地に建設されたとのことだが、地形を生かし周囲に溶け込んだ配置としている。また、吉村順三設計のデザイン的特徴である部材の細分化とボリュームのコントラストを取り入れ、既存棟ともよく調和している。続いて、既存の講義棟を見学した。

Dsc03644 講義棟は3階部分の長大マッシブな講義室が圧倒的なデザインをリードしている。長さは100mほどもあるだろうか、ロールケーキのような3階部分の妻面には壁画、平入りの側面は細いルーバーが並ぶ。ピロティ形式の1階の柱も十字形にして見え掛りを細くし、マッシブな形態と対照的に繊細な表現となっている。所々に打ち放しの階段を迎えてぶら下がる必要室がデザインに複雑さを加え、全体としてよくバランスが取れている。

 しかし、打ち放しの柱を見ると、コンクリートが剥がれ、鉄筋がむき出しになっている所も。建替え反対派のブログを見ると管理が不十分なためと糾弾しているが、そもそも当時の施工や設計に無理があったのではないか。最近、天井のコンクリート片が落ちたというデザイン棟のアトリエ内も見せてもらったが、PC部材の屋根材同士をつなぐ部材の端部が欠け落ちたもので、コンクリートが回りきらない端部は欠けても当然と言えるデザインだった。もちろんその後、寒冷紗張りの上補修されている。

Dsc03645 できればその他の建物も見学したかったが、今回のメインは音楽学部新校舎ということで後は歩きながら外観を眺めることしかできなかった。DOCOMOMO japanの要望書に付属した見解書を見ると、地形を生かした建物群、コンクリート打ち放しの外壁と情操教育面での貢献が挙げられている。だが、コンクリート打ち放しについては今回建設された新校舎の方がはるかにきれいな仕上がりになっているし、コンクリートの剥落など既存棟には問題も多く見られる。当時の記録としては意味があるかもしれないが、品質的に問題のある建物をそのまま利用することについてはどう考えるのだろうか。

 それよりは吉村順三の和風なデザインを評価してほしかった。地形を生かした配置や建物の形態は確かに評価に値する。しかし、音楽・美術教育という視点からは何が何でも既存建物を利用することに教育上効果があるわけではあるまい。音響効果の高い音楽学部校舎の新築は音楽教育関係者には大歓迎なことだろう。一方、美術教育という面ではどうだろう。絵画や彫刻などは建物の新旧に左右されるとは思えない。だが、耐震性や雨漏りなど作品を損傷する可能性は最大限排除する必要がある。 Dsc03634

 今回、大学のキャンパスマスタープランを見ると、改修が中心となった提案となっている。たぶん県の厳しい財政状況を反映した内容なのだろうと思うが、個人的には講義棟など特徴的な建物棟は保存しつつ、配置とデザインを重視して、少しずつ建替えを進めていくことが適当ではないかと思った。建設当時の設計関係者を審査員に迎えて、設計コンペ方式で少しずつ置き換えていくということができれば、同種のまとまりある建物群を利用しつつ生かしていく先導的取り組みになるのではないか。サグラダ・ファミリアやイギリスのコミュニティ・アーキテクトのように、半永久的に改修と更新が続くイメージ。ある日突然発見される遺跡とは違い、一定のレベルで整備された街区や建築物群は、完成後も常に一つのコンセプトの下で、維持・改修と更新・整備を続けていく仕組みが求められるのではないか。その意味でも実質設計を担当したという奥村昭雄氏が再整備計画検討の途中で席を立ったということは非常に残念だった。どんな理由があったんだろうか。

●マイフォト 「愛知県立芸術大学」