「良いまちなみ」から「住みよいまち」へ

 都市住宅学会中部支部総会講演会に参加した。講師は近畿大学を今春に退職した森本信明名誉教授。2008年に「まちなか戸建」を執筆発行されているが、何故かこの本は読んでいない。たぶん当時は私の関心が公営住宅や住まいのセーフティネットの問題に占められていたのだろう。だが、森本先生の著作は1998年に発行された「賃貸住宅政策と借地借家法」、1994年に発行された「都市居住と賃貸住宅」ともに読んで、非常に共感を持った。実に20年ぶりに憧れの人に会う思いである。ちなみに初めて拝見した森本氏はたいへん物腰の柔らかい上品な紳士だった。そして研究の視点もやさしさに溢れている。

 講演のタイトルは「『まちなか』と『郊外』-都市居住のいまとこれから」。前半で「まちなか戸建」で展開した小規模戸建住宅の可能性とまちなみへの影響と考察を説明し、後半で中部支部からの要請に応じて郊外居住の問題について所見を語られた。

 まず最初に、持ち家の可能性について語られた。森本氏を学会でつとに有名にした定期借家論争、西山卯三の持ち家主義批判、住宅研究者に根強く残る持ち家政策批判等を説明した後、和歌山大の山田良治先生の「土地持家コンプレックス」にあった一節「持家化の歴史的必然性と限界」を取り上げ、「資本主義社会においては持ち家化は自然な現象である」と反論する。もちろん持ち家化の進行によりアフォーダビリティ(セーフティネット)の問題が発生するかもしれないが、それはそれとして別の問題として対応すべきで、持ち家政策の結果であるとか、持ち家政策を止めれば解決するという問題ではないということだ。

 山田良治先生と言えば、2009年の都市住宅学会大会のWS「公共住宅の課題と再生」を担当した際に、パネラーの一人として参加いただいたことがある。その時は土地空間の公共性とアフォーダビリティ問題への介入にあたり、市場・経済政策によるアプローチと「建築不自由の原則」の確立の観点から話をされた。他のパネラーと噛み合わなかった感があったが、「建築不自由の原則」については、森本氏も講演の中で話題に取り上げており、両者が同席したらどんな議論が展開されるのか興味を持った。

 さて、森本先生の立場は持ち家は社会的な趨勢であるというものだが、共同建と戸建との比較では、耐震性や効率性では共同建が優れるものの、建替えや増改築の容易さ、敷地分割・処分の用意さでは戸建の方が優れることから、都心近傍から郊外にかけては戸建住宅が多く建設される状況にある。こうした状況で地価が一定程度高ければ小規模敷地上の戸建住宅の発生は必然的である。

 こうして建設された都市型住宅としての「まちなか戸建」は、個別更新、住宅以外の用途の適度な混在など空間変化に対する柔軟性が高く、前面空地を活用した自家用車利用が可能で現代的生活にマッチしている。一方で、「まちなか戸建」は一旦建設されると建替えや増改築はそれぞれの所有者に任せられるため、まちなみに対する均質性と安定性に欠ける。従来、この課題に対して居住地共同体、今風に言えば「地域マネジメント」によるまちなみ管理を期待する研究が多かった。しかしここで森本氏がユニークなのは、「違法・地域許容建築物群」の研究を始められたことだ。  開発後それなりに時間が経過した住宅地では普通に見られることだが、自転車の道路への突出、植栽の表出、クルマが道路に少し突き出ているケース。さらにガレージの屋根設置などは違法ではあるが、地域では許容されているケースが少なからずある。

 持続可能な都市住宅地を考えた際に、3つの視点を挙げられた。一つは世帯が次の世代に引き継がれていくこと。二つ目は空間・環境が良好な住宅を維持しつつ、必要に応じて更新されていくこと。3つ目は必要な生活サービスが提供され続けること。これらの柔軟性・混在性も含めて評価していくことが、持続可能な住宅地としては必要な視点ではないか。

 「持続性のあるまち」が「住みよいまち」だと定義すると、「建築不自由の原則」で守られる安定性・均質性の高い「良いまちなみ」に対して、「地域許容の原則」により形成される柔軟性と混在性のある「しなやかなまち」が考えられる。「良いまちなみ」から「住みよいまち」へ。これが森本氏の今回の講演のキーワードだ。

 後半はここから郊外問題に移っていく。最初に立てた論は「公共介入の必要性はどういう条件があれば組み立てられるのか」。端的に3点を挙げる。市場の失敗、共通利用、共同要求だ。この3点の念頭に置いた上で、空き地・空き家の増加、生活施設・サービスの衰退問題、地域ぐるみの高齢化問題、コミュニティの衰退問題について本当に公共の介入が必要なのかを考えてみる。  森本氏の考えは、ある程度市場メカニズムに任せる中で多様な解決策が模索される可能性があるのではないかというものだ。そしてその場合、その市場メカニズムをいかに計画的にコントロールしていくのかが行政課題となる。

 概ね以上のことを話された後、会場との質疑応答が繰り広げられた。私からは「『公共介入の必要性』の3条件に加え、社会状況の変化の中で『公共(計画)の失敗』があったのではないか」「今後の行政政策に対するアドバイスはないか」と発言させてもらった。先生からは「住まいのセーフティネットと安全性の確保が最大の行政課題であり、福祉施策や防災施策など他分野と連携した取組が必要ではないか」という答えをいただいた。

 会場からは、地域活動にがんばっている方から「行政のリーダーシップに期待したい」といった意見もあったが、私としては「行政は『地域許容の原則』や『住みよいまち』の実現に向けて、市場メカニズムを計画的に活用・コントロールする仕組みづくりに努めるべき」ではないかと思う。もっとも「言うは易く、行うは難し」ではあるが。

 「地域許容の原則」による、「良いまちなみ」から「住みよいまち」へ。心にストンと落ちる話であった。まさにそういうまちができたらいいなあ。建築行政って何だろう。そのことを思わざるを得ない。