非営利住宅セクター(社会的企業)による住宅供給と英米住宅政策比較

 都市再生機構都市住宅技術研究所を今年の7月に退職。今は法政大学兼任講師として教壇に立つ海老塚良吉氏に、「非営利住宅セクターによる住宅供給(日本と欧米の状況)」と題して講演をしていただいた。

 海老塚氏には昨年の11月に「民間非営利組織による住宅事情」と題して、同氏の著書「NPOが豊かにする住宅事情」をベースにした話を伺ったばかり(「民間非営利組織による住宅供給と貧困ビジネス」だが、今回は特に欧米の非営利セクターによる住宅事情にも重きを置いて報告していただくよう依頼をさせてもらった。これを受けて、イギリス、アメリカの最新の住宅事情について多く話していただき、大いに勉強になった。

 イギリスでは、有名なサッチャー政権下での公営住宅払い下げ以降、公営住宅の戸数が年々減少してきたが、1997年の労働党政権後はHA(ハウジング・アソシエーション)への移管が急速に進められ、さらに減少に拍車がかかった。2007年現在での内訳は、持家70%、民間借家13%、公営住宅9%、HA住宅8%とHA住宅が公営住宅に肩を並べようとしている。

 一方でイギリスの住宅事情は、2008年後半からの経済後退を受けて、住宅着工戸数が減少。住宅価格も下落する中で、地域的に偏在して発生する住宅需要に対して、十分な住宅供給ができない状況にあり、2007年住宅緑書で目標とした年間24万戸の住宅建設は困難な状況になっている。

 こうした中で、現在は低価格持家(シェアド・オーナーシップ)の建設を促進する政策を積極的に進めている。低価格持家については様々な仕組みがあるようだが、所有権の一部だけを譲渡し、残りは家賃を支払う方式が一般的なようで、家賃に対しては家賃補助の対象となることもあって、最近戸数を伸ばしているとのことだった。

(注)詳しくは次のサイトをごらんください。「賃貸経営110番:イギリスの住宅政策~持家政策への大きな転換」

 また、家賃補助についてはイギリス全体で約26千万円、全世帯の約2割に当たる449万世帯が受給している。1ヶ月の補助額は平均で民間借家6万円~公営住宅39千円で、福祉政策を担当する労働年金省が所管している。

(注)「イギリスの住宅給付-家賃補助の歴史と現況-」(海老塚良吉:月刊住宅着工統計)

 一方、アメリカの公営住宅はわずか1.2%に過ぎず、民間非営利組織によるものに至っては0.5%に過ぎない。民間借家30%のうち家賃補助が行われているものは2%とのことである。2010年の住宅都市開発省予算は463億ドル。このうち約260億ドルが家賃補助で占められ、公営住宅の改修・運営費は68億ドルとなっている。民間非営利組織による住宅事業に対しては税控除等による支援が行われているが、年間建設戸数は全住宅の2%程度である。

 また、アメリカのホームレス住宅事業については、住宅都市開発省が中心となって生活支援も含めた継続的なケアを行い、ホームレスの自立支援を図っている。イギリスでは家賃補助は福祉部局の所管だが、アメリカでは額は少ないとはいえ住宅都市部局が所管し、かつホームレス対策と限定的だが、生活支援まで実施していることは注目に値する。

 日本の非営利セクターによる住宅事業としては、品川区の廃校を活用して社会福祉法人が高齢者向け賃貸住宅と保育園、高齢者福祉施設を整備した「ヘルスケアタウン西大井」、「グループリビングCOCO湘南台」、「名古屋南医療生協 グループホームなも」、ホームレス支援住宅を供給する「ふるさとの会」や「ほっとポット」、さらにシェア居住の事例として「たいとう歴史都市研究会」などが紹介された。

 意見交換では、(1)品川区のように行政が継続的に家賃補助を実施していくことは、現状の多くの自治体では困難であること、(2)家賃補助のない状況での非営利セクターによる住宅事業は、小規模な組織では土地取得や建設費確保の点で資金的に厳しいこと、(3)日本の高齢者住宅や民間住宅支援は営利セクターを想定し制度設計がされており、なぜ非営利セクターにこだわるのか、といった内容が話題となった。特に3番目については、海老塚氏自身も「最近は、社会的企業に期待した方がいいかなと思っている」と感想を述べられたが、私もそれが現実的ではないかなと思う。

 わざわざ東京からお越しいただき、有意義な意見交換ができた。日本もそろそろ家賃補助について真剣に考えるべき時に来ている。現在、公共住宅政策を一義的に担っているのは地方自治体である。橋下知事の大阪府では、住宅バウチャーの導入と府営住宅の将来的な半減を内容とする大阪府財政構造改革プラン(案)を公表したところだが、こうした政策がすべての自治体で取組可能かどうかよくわからない。URなどの公的住宅セクターなどもうまく活用し、全国の自治体で受け入れられるような政策転換の方策を検討していく必要があると思われる。

(注)Wiki「社会的企業」