住宅手当制度の創設

 欧米では住宅困窮者に対する施策として住宅手当の支給が一般的である。日本では昭和26年に公営住宅制度が創設されて以来、低所得者向けには低家賃の住宅を直接供給しており、住宅困窮者個人に直接住宅手当を支給することは行ってこなかった。この間、「石より人へ」のスローガンの下、公営住宅施策から住宅手当支給制度への転換が何度も提案され、また検討されてきたが、国は一貫として施策転換を否定してきた。その理由もどこかには正式な見解が挙げられていたかとは思うが、今想像するに、日本の民間賃貸住宅の水準が低く良質な住宅整備と同時に行う必要があること、大きな政策転換は国民や地方自治体等の混乱を招く恐れがあること等が考えられる。

 しかし、イギリスの公営住宅制度や欧米各国の社会住宅制度等を比較すると、公共住宅の整備と住宅困窮者に対する住宅費用扶助は明確に区分されており、同一部局で担当しているのは少ないように思われる。

 このところ近在の研究者の方々から公営住宅制度のあり方について勉強させていただいているが、この整備と費用扶助の明確な区分は、より望ましい公共住宅制度を考え実現していくためにも、重要なポイントであると同時に、変革を妨げる大きな隘路であると感じる。

 今日の朝日新聞朝刊に「補正 財政出動10兆円超」という大きな見出しの下に、「仕事・家 失う人に手当 低所得者向け半年間」という中見出しが躍っていた。失業者に対して最大6ヶ月間住宅手当を支給するというもので、支給額は単身者で全国平均約3万4千円と報道されている。 「asahi.com:失業者に住宅手当 最大半年の方針 生活費貸与も」

 これだけの支給があれば、民間賃貸住宅への入居は十分可能であり、現在の公営住宅等を利用した暫定的な一時利用にくらべても大いに効果があると思われる。と同時に、「一時のシェルター対策が住宅施策を混乱に陥れる恐れ」で指摘したとおり、現在の対策が公営住宅制度本来の仕組みを歪め、矛盾を堆積しつつある状況を危惧していただけに、こうした対策が可能であれば、もっと早期に取り組むべきであったと思う。

 しかし同時に、今回、住宅手当制度に踏み込むということは、別の意味で住宅政策全体に大きな影響を与えると思われる。

 まず今回の方針に対して考えられるいくつかの疑問点がある。支給期間は6ヶ月間に限定される。ということは、多くの民間事業者(大家)は定期借家制度を活用することが予想される。そうしないと、住宅手当打ち切り後に居住権をタテに円滑に退去してもらえなくなる恐れがある。仮に定期借家契約により法的に退去要請ができるとしても、この経済状況では、多くの失業者が不法なまま居住を継続する恐れがあり、住宅手当支給が6ヶ月を超えて延長されることも考えられる。

 住宅手当の額が民間賃貸住宅の家賃との関係で一定程度自己負担を求めるのかどうかわからないが、仮に全額住宅手当でカバーされるとなると、無収入でも一定程度の家賃は徴収する公営住宅よりも経済的に有利になる。現在、公営住宅は離職者であっても10数倍の倍率の抽選を経ないと入居できない状況だが、民間賃貸住宅であれば空き家はいくらでもあるので、大家の理解が得られればすぐに入居できる。そうすると多くの失業者がまずこの住宅手当制度を利用し、期間満了後、公営住宅への入居を希望するということが予想される。しかし依然公営住宅は高倍率であり、ほとんどは不法居住を続けるか、または退去を余儀なくされる。数ヶ月前の状況を半年繰り延べるだけである。そして半年後はちょうど年末。また派遣村騒ぎが発生するかもしれない。結局、住宅手当制度自体が延長される可能性もある。

 新聞によれば利用者は18万人程度と想定されている。この根拠がどうなっているかわからないが、大家側の不安を取り除くことができれば、もっと利用者は増える可能性がある。住宅手当制度が住宅セーフティネットとして認知される可能性もあり得る。

 そうなると、現在の公営住宅制度との政策的な整理が問題となってくる。低所得者向けに自治体が提供する住宅としての公営住宅と民間賃貸住宅に居住する低所得者のための住宅手当制度の2本立てになる可能性がある。そうなれば、次は住宅整備と住宅費用扶助の制度の分割であり、その先には、公営住宅の廃止とNPOや住宅協会等による社会住宅制度への移行の展望が開かれてくる。

 日本の住宅政策のためにはこうした展開が必要である。そのためのほんの小さな針の穴にすぎないかもしれないが、住宅政策の大転換の最初の一歩になるかもしれない。今後の住宅手当制度の顛末を注意深く見ていく必要がある。