「仮住まい」と戦後日本☆

 「マイホームの彼方に」は、日本の住宅政策を網羅的に俯瞰し、その結果と現状を分析・提示し、「成長後の社会」における住宅政策の転換の必要性と方向を明確に示した好著だった。それからわずか半年、さらに本書が刊行された。前著は日本の住宅政策を体系的に論じた、言ってみれば、教科書的な書きぶりの本だったが、本書は、持ち家、実家住まい、借家、そして仮設の4部に分け、それぞれの住まいや住まい方を深掘りし、分析する。「あとがき」を読めば、これまで各誌に出稿した論文をまとめ、加筆・改稿したものとのこと。なるほど。本書を先に読んだ方には、「マイホームの彼方に」も読むと、本書の各論考のバックに流れる、筆者の一貫した住宅政策論がよく見えてくるのではないか。
 誰もが安定した世帯を形成し、持ち家での「定住」を目指す、標準型のライフコースを前提とした、これまでの住宅政策に対して、本書では「仮住まい」という概念を提示し、今や多くの人が「はしご」の途中から動かず、また失職や離婚などにより「はしご」から降りるようになっていると指摘する。また、たとえ持ち家を取得しても、「仮住まい」の場として楽しむ人もいる。持ち家に偏重したこれまでの住宅政策は今後ますます、人びとの人生の過程と合わなくなってくる。
 持ち家に偏重した住宅政策は、住宅の「商品化」に依存した政策でもある。しかし、「商品化」とは、「人新世の『資本主義』」でも論じられていたとおり、まさに「人」さえも「商品」として扱う、資本主義の運動であり、力である。しかし、自身を商品化できない人、商品を買い揃えることができない人は、その世界から弾き出されてしまう。それらの人びとを支えるためには、社会保障や医療、教育、社会福祉などの領域を脱商品化し、市場の外に配置する必要がある。市場で商品化された住宅を確保(取得・賃貸)できない人のためには脱商品化された住宅が必要となる。それが、欧米各国にある社会賃貸住宅であり、住宅手当制度であった。
 一方、日本では公共賃貸住宅の供給は少なく、低家賃住宅の多くは、借家法の規定と労働法制に伴う社宅の供給により、民間家主と企業に委ねられた。しかし、定期借家制度の導入や企業の福利厚生の後退により、民間賃貸住宅の商品化が進み、家賃は高騰した。今やセーフティネットとしての脱商品化住宅は「親の持ち家」と「法定外」の低所得者向け民間施設に移りつつある。アフォーダブル住宅が絶対的に足りないのだ。その状況下においてなお、住宅困窮者数を極限まで小さく見積もろうとする国の推計方法は詐術的ですらある。
 また、第5章の「ジェンダーと住宅政策」は、離婚が当たり前になった時代の住宅政策の見直しを提起しており、興味深い。確かに持ち家は多くの場合、夫の所有であり、妻は同居人に過ぎない。離婚した場合、子の多くは母親とその後の生活を共にすることが多いのだから、少子化問題を考えるのであれば、女性の住宅問題を同時に考える必要がある。世帯単位ではない、個人単位の住宅調査と分析が今後は必要になってくる。当然、住宅政策も変わらざるを得ない。その他、相続に伴う住宅資産の偏在化の問題や、東日本大震災後の仮設住宅とみなし仮設に係る調査など、掘り下げた論考も多く収録されており、興味深い。
 筆者の視点はあまりに過激で左寄りだと指摘する者がいるかもしれない。しかし、本書で分析し指摘されている問題はいずれも、既に社会の片隅で進みつつある現実であり、かつコロナ禍で顕わになりつつある問題でもある。その矛盾は数年後、いや来年にも眼前にくっきりと姿を現し、我々を悩ませる事態になるかもしれない。時代の変化は急激かつ過激だ。筆者の主張はそうした変化を先取りし、明確な処方箋を提示しているように思う。

「仮住まい」と戦後日本: 実家住まい・賃貸住まい・仮設住まい

「仮住まい」と戦後日本: 実家住まい・賃貸住まい・仮設住まい

  • 作者:平山洋介
  • 発売日: 2020/10/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

○借家の長期入居者にとって、その住まいはもはや「仮住まい」とはいえない。…収入減、失職、離婚などで持ち家を手放し、「はしご」を「降りる」人たちがいる。その持ち家は、彼らにとって、「仮住まい」でしかなかった。…賃貸セクターと持ち家セクターは、「仮住まい」または「定住」の場として機能する程度に関し、しだいに近づいている。成長後の住まいにおいて、仮住まい/マイホームを区分し、持ち家セクターばかりに資源を配分し、賃貸セクターを軽視する政策は、人びとの人生の条件と整合しなくなった。(P52)
○親世代が取得した広い持ち家は、子世代の住む場所として機能し、離家を抑制した。…若い人たちを「停滞」させる住宅問題は、社会持続のサイクルを衰退させた。…住宅政策に求められるのは、住まいを供給するだけでなく、それによって、若者に人生の「足がかり」を提供し、社会の「動的」な持続を支える役割である。…社会持続の将来のあり方を展望するために、新たな住宅政策の構想が必要になる。(P134)
○世帯内単身者にとって、アウトライトの親の住宅は、賃貸セクターでは容易には手に入らなくなった脱商品化住宅を代替する位置を占める。…いいかえれば、賃貸セクターの再商品化は、親世代の持ち家という脱商品化した住宅ストックの蓄積を条件として成立した側面をもつ。親の家の脱商品化と賃貸住宅の再商品化は、トレードオフを構成した。(P210)
○日本では、人口が減少し、空き家が増えることから、公共賃貸セクターの必要性は減るとみなす考え方がある。しかし、低所得の高齢者、不安定就労の単身者、貧困な母子世帯などは増える。…公共住宅をつくる政策の重要な独自性は、その成果が物的ストックとして蓄積する点にある。…高齢・単身化がさらに進む将来のために、社会資源としての公共住宅ストックを蓄積し…改善する政策は、貧困「予防」のための「投資」として、高い合理性をもつ。(P235)
○日本政府の住宅対策の特徴は、ローコストの住まいの確保に関し、民間セクターに依存し、公的資金を可能な限り「節約」してきた点にある。低所得者の住まいの中心は…民営借家セクターの木造アパートであった。無届けの民間施設は、生活困窮者を支える「法定外」の領域を形成した。…老人たちが犠牲となった火災事故が示唆するのは、社会のインフラストラクチャーとしての住宅ストック形成の必要である。(P335)
○取得した既存マンションを…自分の好みに合わせて…改修し、「仮住まい」をていねいに経験する世帯が増えている。…成長後の社会を生きる人びとは、人生の実践に関し、より多様な道筋をたどる。そこでは…分岐するライフコースによりニュートラルに対応する政策・制度が必要になる。…「過程」としての人生を歩もうとする人びとの実践を尊重し、その多様さに中立に対応するために、良質で、多彩で、安定した、ローコストの住まいを豊富に用意する政策・制度が必要とされる。(P357)

サステイナビリティの終焉と建築の役割

 最近、テレビでよく放送されることの一つに「SDG’s」がある。「持続可能な開発目標」と訳される。CMでもよく流され、「環境に配慮した企業です」とアピールしている。正直、胡散臭いと思っている。まるで「錦の御旗」のようだ。「SDG’s」と唱えれば、どれだけ資源を使おうが、エネルギーを使おうが、すべて免責されるかのようだ。耳当たりのいい言葉ほど、気をつけなければいけない。環境ビジネスなるものが成り立つということ自体が自己矛盾を抱えていることを自覚しなければいけない。
 なんてことを日頃考えていたら、今月の日本建築士会連合会の機関紙「建築士」に掲載されたフィリップ・デニー氏の小論に目が留まった。「建築の隠されたものたちの政治性」というタイトルだ。そもそも「建築士」の今号の特集は「隠されたものたち―建築設備を考える」。「建築設備」を見られるもの、または隠されるものとして、いかに設計するかという「設備設計とデザイン」がテーマとなっている。設備配管等を積極的に見せるポンピドゥー・センターのデザインは多くの建築デザイナーを驚かせたが、未だに設備設計の目的は「よりよい建築環境の創出」に留まり、建築デザイナーと一緒になって視覚的なデザインをするということは少ない。建築デザインが終わった後の、あくまで裏方、後始末といったイメージが強い。
 だが考えてみれば、電化製品などの商品開発にあたっては、機能とデザインは一体的に行っている。先に外側のデザインができて、そこに収まるように内部機構の設計を行うということではなく、先に内部の機構や仕組み、機械設計があり、その後で外函のデザインを行う。もしくは両者が一緒になって。そう考えると、「設備設計とデザイン」の関係が今さらながら特集となること自体が、建築界はいかに遅れているかということを示しているのかもしれない。
 フィリップ・デニー氏の小論に戻る。この論文の中でデニー氏は、「バンク・オブ・アメリカ・タワー」(リック・クック設計、2009年竣工)を「ある指標ではニューヨークで『最もサステイナブル』な建築ではあるが、別の指標では最もエネルギーを消費している建築」(P33)と記した後で、「サステイナビリティの終わりはすでに見えて」いると書いている。彼によれば、サステイナビリティは「エネルギー消費や二酸化炭素の排出を効果的に幾分かは減らすことができた」かもしれないが、そのことが、増大する建設工事による二酸化炭素排出量の増加を「相殺できるという幻想」を広めたと批判する。「サステイナビリティ」というのは言葉だけで、実体を伴っていないという訳だ。すなわちこれは「SDG’s」と同じではないか。
 後段では以下のように書く。

○サステイナビリティからは、政治や美学的な常識を構築することに建築がどの程度まで参加できるかを学べる。枠組みとしては、急を要する二酸化炭素の排出や温暖化の問題を解決することは、その性質上不可能であったが、建築と環境の関係における一般の人の考えを改めることには大きく寄与することができた。屋上庭園や太陽光パネルを備えた建物を見ることに近年慣れてきたおかげで、すべての建築が地球環境に深くつながっているという事実を理解できるようにわれわれの感性は発展した。サステイナビリティは、建築が環境へ向けて新陳代謝するために中心的な役割を果たしたのだ。(P34)

 この文章をどう捉えればいいのだろう。しょせんサステイナブル建築は表層的なものにすぎないが、イメージ戦略としての機能は果たしたと皮肉っているように感じる。しかしこの小論はそれだけに留まらない。終盤では新しい建築デザインについて言及する。それが「ラディカルな環境的透明性」だ。すなわち「建築のマテリアリティ」へと直接に切り込んでいくのだ。

○建築材料は環境との間の隠された交換によって生産される。その過程は森林破壊や二酸化炭素の排出などによって構成されている。環境の未来は建築の隠されたものたちを構成しており、それは今日対処しなくてはならない急を要する問題でもある。環境的透明性やマテリアリティの新しい枠組みは、材料の中に何が隠され、何が曖昧にされているかなどの問題を可視化し、新しい建築のデザインのきっかけとなる。(P35)

 真のサステイナブル建築は生まれるだろうか。それは「SDG’s」の先にあることは確かだ。「SDG’s」なんぞに満足し、拘泥していては、その先には進めない。サステイナブル建築の真の姿を見てみたい。それはどんなデザインとして現れるのだろうか。それこそまさにチャレンジングな試みであるし、その登場を楽しみにしたい。

経済学で考える 人口減少時代の住宅土地問題

 都市住宅学会は、建築や都市計画だけでなく、法学や経済学、社会学などの異なる専門領域の研究者も参加し、都市・住宅に係る諸課題について学際的・総合的に研究を進める場として設立された。そこで、その機関紙には、建築系以外の専門家の論文もよく掲載されている。中でも経済学者の中川雅之氏はその中心として活躍され、論文も多く掲載されている。元々、国交省職員だった経歴もあり、現在でも住宅局の政策に対して一定程度の影響力があるのではないだろうか。
 本書は、タイトルにあるとおり、住宅土地問題について経済学の手法を用いて考えてみようとするものである。扱っている住宅土地問題は、①安全な生活、②豊かな生活、③安定的な生活、④快適な住まい、の4つの目標に対して、それぞれ3つずつ。「災害対策」、「空き地・空き家問題」、「住宅セーフティネット」/「都市集積」、「郊外の土地利用転換」、「東京一極集中」/「コンパクトシティ」、「相続税問題」、「高齢化対応」/「持ち家・借家問題」、「既存住宅の流通」、「マンション建て替え」の12課題について、経済学的アプローチで現状の説明や将来予測と今後講ずべき対策等を記述している。
 ただし、当然ながらそれぞれの課題にはそれぞれの要因や経緯があり、経済学だけで単純に結論が出せるものではない。冒頭の「刊行にあたって」で「住宅土地問題を取り扱った教科書」という紹介がされているが、本書ではそれぞれの課題に対して「経済学的手法を披露する」といった意味合いが強いのではないか。一刀両断でわかりやすい反面、強引な仮定や断定もあって、結論には「はい、そうですか」とそのまま受け取りにくいものも多い。何かだまされたような気がする。また政策実行者の立場に立てば、「それを説明し、理解を得て実行するのは簡単ではない」と感じる提案も多いのではないか。
 以下に引用したものも、そうした課題に対する記述が多い。例えば、「公営住宅は下級財だから、最低限の質でよい」という議論は、確かにそういう面もあるだろうが、その理由が「不正受給をチェックする能力の欠如」にあるとすれば、同ページにある「マイナンバーの普及」をその解決法とするのもすぐに肯定はしがたいが、一面的な見方だとは言えるだろう。東京都は出会いの場だから、「首都集中を抑制すると却って出生率を低下させる」という意見も、もう少し丁寧な議論や調査が必要だろうと思う。一方で、「相続税が法人によるアパート経営参入の阻害要因になっている」ことや「区分所有法の改正」提案は確かにそのとおりだろうとも思う。
 それにしても、経済学者はどうしてこれほどまでに断定的に議論し、記述できるのだろうか。本書では、行動経済学も紹介しつつ、合理的に判断し行動する人間という仮定に対して一定の留保はしているのだが、それすら断定的に感じてしまう。人間はもっと複雑だし、世の中はさらに複雑だ。それでも、経済学を専攻する学生が本書を教科書として読み、土地住宅問題について考える機会になれば、それはそれでよいのだろう。同様に、建築・都市問題の専門家にとっても、多少は刺激になるかもしれない。住宅土地問題にとって、経済学は万能ではないが、経済学的視点が不要でもない。他分野の専門家が集まって議論を重ねるのはけっして悪いことではないことは確かだ。

○普通の財は、所得が上がれば需要が増えます。これに対して、下級財とは所得が上がれば需要が減少する財を指します。…すると、市民生活を送るうえで最低限の機能を備えてはいるが、「とても良質」とは言えない公営住宅は、下級財によって再分配をしていることになります。…十分な所得や資産をもっている人は、下級財である住宅への入居を希望しないため、不正受給問題は…発生しない…。/言いかえると、下級財と言えないようなぜいたくな立地、間取りの住宅は再分配として用いるべきではないのです。(P89)
○効率的な出会いの場であると考えられる東京都は、その他地域から未婚者を集めてマッチングをする場になっています。しかし、転職などのコストが高いため、成立したカップルはその他地域に帰ることなく、東京圏周辺で生活を送るという姿がみえてきます。…したがって、東京都への人口集中を抑制することは、出会いの場を失うことになりますので、かえって社会全体の未婚率を高め、ひいては出生率を低下させることになります。(P159)
相続税対策として、アパート経営や…マンション投資の収益率は高くなり…結果、土地需要やマンション需要が増えるので地価や…マンション価格は上昇します。他方、…賃貸市場でのアパート供給が増加するため、家賃は低下します。…家賃は下がり…価格が上昇する結果、…機関投資家にとって…マンションへの投資はけっして割に合うものではないことがわかります。…この意味で相続税は…法人の…アパート経営への参入を阻害していると言えます。(P208)
○現在は、高齢化の影響が人口減少の影響よりも強く出ているため…ある程度の効率性を確保しながら、ケアサービスを供給することが可能かもしれません。しかし、将来においては…効率性が、一層低下する可能性が高いと考えられます。…人口減少、少子高齢化という環境下で、高齢者の生活の質をできるだけ高いものとするためには…都市計画的な手法で、医療・介護・福祉施設とともに、意識的な高齢者の集積を明示的に考えた政策パッケージを検討していくことが必要だと思われます。(P224)
○築年数が経つにつれて・・・区分所有建物価格の下落するスピードは賃貸専用アパートと比較して速いことがわかります。…両者の差額は、合意形成上の問題によって引き起こされる建て替え問題の費用を意味していると考えられます。…区分所有法を改正し、建て替えの賛成者が反対者に対する補償を負担する方法を改めたうえで、米国の解消決議の導入も含めて、いくつかの方策を組み合わせていくことが、マンション建て替え問題を解決するために必要であると考えられます。(P296)