土地はだれのものか☆

 人口減少や都市の縮退が喫緊の課題となってきた昨今、土地問題に係る現状と課題を指摘し、対策を提言する書籍が数多く出版されている。しかしその多くは都市計画や不動産業界などの専門家によるもので、法学の立場から書かれた本は少ない。本書は「土地はだれのものか」研究会が著者となっているが、不動産業界に席を置く本田広昭氏と弁護士の小澤英明氏が中心となり、法学や経済学、歴史学、都市計画など多様な分野からの専門家が集結したグループだ。中でも法律的な視点からの指摘や提言は興味を引いた。
 第1章で「マンション老朽化問題」を取り上げるが、区分所有法の限界や過重な借家人保護を批判し、それでは差し迫るマンション老朽化問題には対応できないと指摘する。2014年にマンション建替え円滑化法が改正され、マンション敷地売却事業が認められるようになった。しかし、現状ではまだ適用が限定的で課題が多いとして、区分所有関係の解消と共有状態に戻した上での民法に基づく共有物分割請求権の行使によるマンションの売却を提案する。「共有物分割請求」という仕組みを私自身は知らなかったが、確かに現実的かつ有効な制度であり、早急に制度化に向けて取り組まれることを期待したい。
 第2章の「所有者不明土地問題」は「人口減少時代の土地問題」を書かれた吉原祥子氏が執筆されているが、内容的にはほぼ前書と同じである。
 第3章では「狭隘道路・私道紛争問題」を取り上げる。ここでは2項道路や位置指定道路の通行自由権に関する裁判で最高裁が地裁・高裁の判決を覆した事例を紹介し、日本では土地所有権が公共の福祉や安全な生活を凌駕するほど強力であっていいのかと現状の法的判断に疑問を提起する。
 第4章・第5章は「今日的課題の底流」と題して土地問題の背景を探る内容だが、特に第5章は小澤英明氏の経歴と経験を辿りつつ、弁護士として直面した土地所有権を巡る日本の法制度を批判的に紹介しており、実例としてよく伝わるし、興味深い。
 第6~8章は歴史的視点からのアプローチで、第6章では都市計画法等に係る変遷、第7章は近代土地所有権が確立された明治初期の認識と実態、そして第8章では江戸時代の土地所有の状況を記述する。百姓・町人/村・町/領主といった多元的・重層的な土地所有状況の説明は興味深いが、実はこれが最後の合田素行氏と小澤英明氏の「対談」に繋がり、かつ土地問題解決への重要なヒントでもあることに後から気付く。
 第9章はドイツの都市計画制度、第10章ではアメリカのデトロイトを始めとする縮減3都市の対策と実績を報告している。日本とは法制度など状況を異にするが、低密度化に向けた住民やNPO等の必要性と重要性が特に強調されている。
 そして最後に「農地再考」と題する対談が添えられている。農林水産政策研究所に長く勤務し、現在は山梨で自ら農業に取り組む合田氏と小澤氏との対談は、農村集落における慣習的な住民意識の重要性を明示する。8ページ程の短い対談だが、示唆するものは大きい。
 以上、網羅的ではあるが、特に弁護士の視点に立った土地問題への指摘は、現場でトラブルに直面しているだけに実相を捉え、現実的な議論がされている。日本の土地問題を巡る状況は相当に深刻である。特に法曹界の人々にはそのことに早く気づき、対応策を考えてほしい。本書は、日本の将来にとって非常に重要かつ有益な指摘と提案に満ちている。

土地はだれのものか―人口減少時代に問う

土地はだれのものか―人口減少時代に問う

○区分所有者間の協議が進まず、マンションの劣化やスラム化が懸念されるのであれば、一定の特別多数決で区分所有関係を解消し、共有状態に戻す。そして共有物分割請求権を行使し、借家人の権利を消滅させてマンションを売却し、売却代金を区分所有者間で分配する。この仕組みがもっともシンプルで合理的であろう。…なお…マンションから退去した後、住むところがないなら、これは社会問題である。…社会福祉の視点で検討すべき領域の問題だ。(P34)
○私道の所有者に対して通行の自由や通行に対する妨害排除が認められるためには「(通行する人の)人格的利益が侵害された」ことが要件とされ、私道を通行する自由でさえ、容易には認められないのが現状である。…行政や法制度により狭隘な道路の拡幅を進めることはもちろん重要だが、細街路を地域の共有財産として継承し、共同で維持、管理、改善していく仕組みも大切である。…「強すぎる土地所有権」にメスを入れると共に、柔軟な発想で解決の選択肢を広げていくことが重要である。(P93)
○縮減時代の都市計画にとって有益な仕組みとして「全国版ランドバンク構想」を提案したい。…対象とする土地は…所有権の放棄が認められた土地/所有者不明の土地/個人・企業・地方自治体等が所有する未利用地…ランドバンクはこれらの土地を受け入れて最適な利用を行う者に譲渡したり、貸し付けることを業務とする組織である。…ランドバンクが土地を受け入れる…第1の条件は、無償で受け入れること。(P165)
○一人当たりの土地の管理面積を増大させるような土地利用を導入し、「低密度化」を図ることで地区を安定させる方法は有効…複数区画の統合等にはランドバンクによる支援が不可欠である。…人口が減少すると税収も減少するため、行政支援も原則的には低下する。したがって、できる限り、市民の力を借りる必要がある。…地域の現状を市民が…認識…地区の将来像を展望し、自らが実施できることを選択し実行することが重要である。(P280)
○「地域の農業は、長年集落に住んでいた人々によって担われるべきだ」という思いがとても強い…少なくともこれまでは、人が集落に住み暮らしていることが農村維持の枠組となっていた…ただ、老齢化で農業従事者は激減しているから、現状のままでは立ちいかない。…しかし、農地の所有権を考える場合には、集落を抜きに議論するのは不十分だということだけは言えると、私は思います。(P292)