南海トラフ巨大地震の高い発生確率が住宅の耐震化を阻害する?

 10月下旬から中日新聞で驚きの連載が始まっている。「ニュースを問う」というコーナーの「南海トラフ80%の内幕」。既に先週の日曜日で6回目が掲載された。まだ続くのだろうか。内容は「地震調査委員会が公表する南海トラフ地震の30年以内の発生確率70~80%というのは、『時間予測モデル』という、今や多くの地震学者が科学的でないと否定する方法で算定されたものであり、一般的な方法で算出すれば8~20%になる」というもの。記事では、2012~13年当時の地震調査委員会海溝型分科会での議事録を取り寄せて、多くの地震学者が算出方法に疑義を唱えてきたにもかかわらず、防災対策を進めたい防災学者の強い反発があり、両論併記すら却下されるに至っているという状況を明らかにしている。
 防災学者の思惑としては、「これまで80%近い発生確率を公表してきた中で、防災関係の予算も確保されたし、防災対策も進んできた。今ここで『実は20%でした』なんて数字を出したら、防災対策が止まってしまう」と思うことは理解できる。この夏に頻発した河川災害についても発生確率が公表されているが、こちらは100年に1回、30年に1回といった表現で、地震の発生確率とどう比較したらいいのかわからない。「30年以内の発生確率80%」と聞けば、「1/100年の発生確率」の堤防よりも先に改修などを行う必要があるように感じるが、「30年以内の発生確率20%」と聞けば、「1/100年の発生確率」の堤防改修を急いだ方がいいように思う。そういう意味では、防災学者の言い分もわからないではないが、やはりウソはいけない。
 個人的な感想を言えば、この20年間で建築物の耐震対策は格段に進んだように思う。住宅から始まった耐震診断や耐震改修は、平成25年の耐震改修促進法の改正を経て、建築物一般に広がっていった。法施行を機に建替え等に踏み切った建築物も多い。一方で、未だに耐震改修等を実施していない住宅や建築物は、今後、発生確率が年を追うごとに高まっていったとしても、それで耐震化の決断に至るとは考えにくい。
 既に新耐震基準の施行から40年近くが経とうとしている。新耐震基準により設計された住宅や建築物は「震度6強から7程度の大規模地震動で倒壊・崩壊しない」とされており、とりあえず命は助かりそうだ。一方で、最新の耐震基準(木造住宅で言えば平成12年度以降)で設計されていたとしても、熊本地震のように震度7地震に連続してさらされれば、一部の部材は破壊され、修理が必要となる可能性は高い。
 新耐震基準に適合した住宅と言えども、既に築25~40年近くなる。今までの日本の住宅であれば、そろそろ建替えても不思議ではない。しかし、南海トラフ地震の発生確率が80%と言われると、「命は大丈夫なようだ。ならば建替えは地震が発生してからにしようか」と考える人もいるのではないか。建替えでなくリフォームとて同じこと。ある程度のまとまった経費をかけてリフォームをしても、すぐに地震で壊れるのであれば、もう少し先に延ばそうかと思う。今回の水害でも、新築したばかりで浸水被害に遭った住宅の事例が報道された。地震の発生確率が高いとなればなおのこと、建替えやリフォームには二の足を踏む。
 そして願う。「早く来い、来い。南海トラフ地震
 地震発生確率の水増しはこうして、却って住宅の耐震化を阻害している可能性はないだろうか。少なくとも住宅や建築物の耐震化という面では、正直に両論併記してもらっても何の支障もないように思う。また、道路や河川改修などについては、それぞれの改修予算の中で、耐震対策を優先するか、その他の防災対策を優先するかを決めてもらえればよい。「高い発生確率=防災対策の促進」という方程式はそろそろ賞味期限切れになりつつあるのではないか。防災学者の方々にもよくよく研究してもらえればと思う。