奇跡の集落☆

 新潟県十日町市池谷集落と言えば、地域おこし協力隊の活動の中では最も有名な取組の一つのようだ。6世帯13名という廃村寸前の状態から11世帯23名まで盛り返し、限界集落から脱却していく過程を詳しく紹介している。筆者は、この集落に地域おこし協力隊として入った多田朋孔さん。しかし本書では多田さんがこの集落に入った2010年2月以前の状況についても関係者への聞き取り等により整理してまとめている。
 2000年、既に無住となっていた隣の入山集落まで市内から耕作のために通っていた山本浩史さんに、日本画家の稲田義樹さんから「山小屋を貸してほしい」という話があった。そこから始まった外部の人との交流が、2004年中越地震による被災を受けて、被災民・難民支援をしているNPO法人JENにつながり、多くのボランティアが入ることで集落の雰囲気が変わる。さらに、中越復興市民会議による集落の「宝探し」イベントを契機に、住民の心に「むらを絶やさない」という共通の目標が共有されることとなった。
 一方、集落の復旧活動として、デザイン策定支援事業や先導事業などを続ける中で、米の直販などの事業にも取り組んでいく。また、偶然のきっかけからNPO法人棚田ネットワークとつながり、その縁で2008年10月に農業研修生がやってきた。彼が事務局的な働きをする一方で、盆踊りの復活などに取り組み、これらの活動とネットワークが、多田さんを始めとする多くの若者を池谷集落に呼び寄せ、多くの移住者も現れ、NPO法人の設立や米作りなど現在の状況につながっていく。
 こうした過程を描いた第1部【実話編】の後に、これらを分析し、抽象化してまとめた「第2部【ノウハウ編】限界集落再生のポイント」が続く。こちらでは、地域おこし協力隊をうまく活用するためのポイントが協力隊員の立場、行政職員の立場からそれぞれまとめられるなど、これから地域おこし協力隊制度を導入しようとする集落や行政にとってもわかりやすい資料となっている。そして各所に、移住者やNPO支援者等によるコラムや既住民に対するインタビューなどが挿入されており、中には多田さんの妻である多田美紀さんによる本音コラムもあって面白い。最後には、明治大学の小田切徳美教授による解題も添えられ、実に楽しく読める地域おこしの実践書になっている。
 第2部の終わりに、これまでの経済成長一辺倒の考えではなく、経済と自然の恵みの循環が生まれるような仕組みづくりを目指しています」(P262)と書かれているが、まさにこうした暮らしと生産の仕組みこそが、人口減少する日本におけるこれからのモデルになるかもしれない。筆者の多田氏は、単に農村好きでこの地に来ただけではなく、それまでに経営コンサルタントや組織開発コーディネーターとしての経験を有していたことがこの結果につながっている。そしてもちろん多くの支援者とつながったという偶然も大きい。だから池谷集落は確かに特別ではあるが、「おいでん・さんそんセンターと足助の町並み」での紹介した通り、既に多くの地方でこうした暮らしに引き寄せられて移住する人々が増えていることも事実。時代は着実に変わりつつある。私にできることはそれらの動きを追うことだけではあるが、こうした本を読むとひょっとしたら日本の未来も意外に大丈夫かもしれないと明るい気持ちになる。

奇跡の集落: 廃村寸前「限界集落」からの再生

奇跡の集落: 廃村寸前「限界集落」からの再生

○復興基金は、池谷・入山集落の地域おこしの取り組みになくてはならない資金でした。……2008年10月、池谷集落に農業研修生がやってきました。……当時27歳の若者でした。期間限定とはいえ、外から若者がやってきて池谷分校に住み込みで地域おこしの取り組みに従事してくれたことは、池谷集落にとって非常に大きな一歩になりました。(P50)
○ジェンが池谷分校を拠点とするにあたって……なぜ震源から離れた池谷分校をあえて拠点にするのか……一つの理由として……もともと他の支援の及ばないところを選んで入るようにしている……もう一つは……このままいけば池谷も……消えていく運命をたどることは目に見えていましたから、単なる「震災からの復旧」ではなく、「消滅に向かうむらを変えるきっかけとなる活動」ができないかということです。それは……大きく言えば日本や社会を変えることにつながる。(P120)
限界集落……の場合は、外から移住者を受け入れ、そういう人が地域に根づいて子供が増えていくことの積み重ねが、長期的に見て集落の存続につながります。この一連の流れを形にすることこそ、私のイメージする「地域おこし」なのです。……イベント…特産品…古民家を改修……これらは「手段」です。……ところが、長期的なイメージを持たない場合・・・…往々にして取り組みを行うこと自体が目的になってしまい、結果、逆に地域が疲弊することもよくあります。(P152)
○自分事で取り組む人がいて、主体的に地域づくりが進められているのであれば、補助金や外部のコンサルタントを使うことを私は否定しません。……「補助金コンサルタントはこちらが戦略をもって使わないといけない」ということです。……地域住民らがしっかりとした信念と長期的な視点を持って主体的に取り組んでいるのとそうでないのとでは……結果はまったく違ったものになるでしょう。(P155)
○今後目指すべき方向性は、ある一定の地域内で生活に必要なものが自給できる仕組みをつくり、顔が見える関係の楽しいコミュニティがいろんな地域にできることが大切であると考えています。そして、他の地域ともつながりを持ちつつ、結果的に国内で生活に必要なものがすべてなんらかの形で賄える仕組みをつくっていくことが求められていくと思います。……今後、自然の資源が豊富な農村と最新の技術開発ができる都会が草の根的に現場レベルで連携し、生活に必要な自給経済環の仕組みづくりに取り組んでいければうれしく思っています。(P256)