人口減少社会の中で都市撤退の作法はあるか

 上記タイトルのシンポジウムに参加した。12月8日に開催された都市住宅学会大会(名古屋)のメインシンポジウムだ。パネラーは次の5人。海道清信氏(名城大学教授)、唐渡広志氏(富山大学経済学部教授)、吉岡初浩氏(愛知県高浜市長)、市原正人氏((株)ナゴノダナバンク代表)、そして木元寛明氏(元自衛隊主任研究開発官)。最後の木元氏に注目が集まった。「人口減少が確実な時代。住民にダメージの少ない/住民のためになる/住民の新たな幸せを生み出すような共通の作法は何か。定石はあるのか」という司会者からの主旨説明に続いて、各パネラーから順次、用意された報告があった。
 最初はコンパクトシティ論について数多くの著作がある海道先生から「コンパクトシティの展開・展望」と題して、コンパクトシティ施策の現状等について話があった。最初にガボールの「成熟社会―新しい文明の選択」から、「成熟社会とは、人口及び物質的消費の成長はあきらめても、生活の質を成長させることはあきらめない世界である」という言葉が紹介された。立地適正化計画の策定や空家特措法が制定され、現在は第3フェーズに入っているという認識の下、現状を批判的に評価。国が主導するコンパクト+ネットワークの都市像に対して、現状、低密度居住にある地方の住民にとっては逼迫感がなく、あまり支持が得られていないのではないか。また、規制誘導方策が弱い日本の都市計画制度では、実現性と効果の面でかなり疑問があると指摘された。
 2番手の唐渡先生からは、「地方都市における縮退戦略と評価」と題して、国内唯一の成功例と言われる富山市の現状と評価について話をされた。中心市街地の昼間人口の下げ止まり、路面電車利用者の増大、中心部地価の上昇など、施策の効果は確実に出ていると評価する一方、周辺地域での大型商業施設の開業などにより、一部の郊外地区で人口増加があり、必ずしも自動車交通を前提とする買い物行動を変化させるまでには至っていない。計画されているLRT富山駅南北接続もまだ完成しておらず、引き続き、今後の推移を見ていく必要があると結論付けた。
 3番目に登壇したのは、高浜市長である吉岡氏。「公共施設のアセットマネジメントの取り組み」と題して、高浜市で実践してきた施設再編の取り組みを紹介された。高浜市と言えば人口5万人弱。市域も小さく、十分コンパクトな都市ではあるが、市管理の114施設について更新費用を試算すると、将来的には現状の5倍以上の費用が必要との結論が出た。そこで、「現行施設以外には新しい施設は作らない」という考えの下、「学校を地域コミュニティの拠点として複合化を視野に、総量の圧縮と長寿命化を実施する」という方針を決定。その第一段として、耐震改修が必要な市庁舎について民間事業者に建て替えてもらい、その事業者から庁舎をリースすることとした。また、小中学校ごとにあるプールについても高浜小の建替えに合わせてプールを廃止。民間プールを活用する形に改めた。ただ、こうした取組に反対する住民の声も強く、住民投票の動きもあるなど、住民対応には苦慮しているようだ。
 (株)ナゴノダナバンク代表の市原さんからは名古屋市円頓寺商店街での取り組みについて。衰退する商店街の現状に対して、商店主や住民等と外部の建築家、コンサルタント等が集まって「那古野下町衆」を組織。各種イベントの開催や街並ルールの策定、そして空き家・空き店舗の活用を進めるナゴノダナバンクの活動などにより、現在の活況へと再生していった。「撤退」がテーマのシンポジウムの中ではやや異質ではあったが、性急な再開発ではなくゆったり衰退させる、いかに活用するかを考えるという話は、テーマを考える上で参考になった。
 そして最後は、参加者の多くも期待した自衛隊出身・木元氏から「有事の戦術としての撤退」について。「撤退」とは「任務の達成が不可能(敗北が不可避)と判断される時機に、自主的に決断して、新たな行動に移行すること」。敗走ではなく、「新たな行動」と定義するところが面白い。撤退にあたって重要なことは、誰が判断するのか、いつ決断するのか、ということ。交戦の最中に撤退するためには残置部隊、収容部隊を配置し、砲兵部隊が支援するといった実践的な離脱の事例を説明された。決断者は司令官と言うが、これを都市に適用すると誰になるのか。市長か、住民か? 多段的撤退という表現も使われたが、これを地域の撤退手法として考えた時に、どんな方策がありうるのか。すぐに答えは出ないが、興味深い報告ではあった。
 その後の意見交換では、撤退の作法と成熟都市の理念について司会者から意見を求められた。海道氏の「日本はまだ、その街に住み始めた第一世代が住んでいるという新しい街が多い。第二世代・第三世代と住み続くようになって初めて『成熟都市』と言えるのではないか」という発言が興味深かった。また、市原氏からも「世代交代ができるまち」という発言があった。円頓寺商店街では今まさに直面していることなのかもしれない。「まちが継続していくこと」こそがまちづくりの究極の目標ではないかと日頃から思っていたが、それに賛同が得られたようでうれしい。
 また、撤退といってもその土地がなくなるわけではない。住宅地等として利用されなくなるだけで、例えば過疎地などでは自然に還っていくのかもしれない。では都市部では? ただの空き地として放置されるのではうまい撤退とは言えないだろう。円頓寺商店街ではリノベを考えた。高浜市では公民館を廃止し、民間病院を誘致した。都市の撤退についても、その地域に居住する住民が快く納得する活用計画を提示できればスムーズにいくのだろう。無理に押し付けるのではなく、住民が誇りをもって、自主的に移転できるような縮退計画が必要だ。市原氏の話に照らせば、建物のリノベと同様、都市のリノベを考えるべきではないか。都市的利用ではない他目的での土地活用を進めることが結果的に都市の撤退につながる。シンポジウムを通してそんなことを考えた。刺激的なシンポジウムだった。