エリアマネジメントから考える住宅・マンション・団地の再生

 表記のタイトルのシンポジウムに参加した。前半に、東大教授の松村秀一氏による「エリアの再生と団地・マンション」と題する講演と、弁護士の花井増實氏による「高齢者のマンションライフと法制度・公的支援」と題する講演があり、後半は講演された二人に、東海住宅産業協会理事長の馬場研治氏が加わって、パネルディスカッションが開催された。コーディネーターは椙山女学園大の村上心教授。
 松村先生からは、住宅数が世帯数を大きく上回るようになった現在、「建物・知識・技術の十分なストックを・・・『ひとの生き方』の実現に利用する構想力」が求められる時代になったという時代認識を述べられた後、福岡の吉原住宅の事例、神山町NPO法人グリーンバレーの事例、長野・門前暮らしのすすめの事例、座間駅前の東急不動産によるホシノタニ団地の事例などを紹介された。総括としては、これらの事例にはいずれもキーマンとなる「人」がおり、こうした「人を育てる」ことが重要だという話だったかと思う。そのために、北九州をスタートに全国で順次、リノベーションスクールを開催しているとのことだった。
 また、花井先生からは、「一人暮らしなどの高齢者で、認知症などのために生活能力・意欲が低下し、劣悪な環境の中での生活、栄養不十分などの状態に陥っている事例が増えている」というセルフ・ネグレクトの実態が報告され、具体的には管理組合によるベランダ改修などに支障が出たり、孤独死なども多く発生している。こうした生活能力が著しく低下した高齢者への対応について、管理組合に市町村の支援センターとの連携を促す、といった内容だった。
 さて、シンポジウムの冒頭で主旨説明を行った村上先生が、「このシンポジウム終了後には、エリアマネジメントと題した意味がわかりますよ」と言われたのだが、ふたつの講演が終わった時点ではさっぱりわからない。花井先生はもちろん、松村先生からも「エリアマネジメント」という言葉は一言も口にされなかった。
 例えば、吉島住宅は大家として「資産マネジメント」をしたに過ぎない。神山町や長野・門前町の活動は「首都圏をマーケットに新たな暮らしの提案をして、人を呼び寄せることに成功した事例」のように見えるし、ホシノタニ団地は社宅リノベーションに過ぎないとも言える。もちろんこれらを否定しているわけではないが、これらがエリアマネジメントかと考えると、正直よくわからない。それで休憩時間に募集した質問用紙に、「エリアマネジメントとは何か? 『エリアマネジメントとは、一定のエリアを舞台に、権利の及ぶ範囲でストックマネジメントをすること。それがエリアの活性化につながる。』といった理解でいいのか?」と書いて提出した。
 シンポジウムでは、私以外の参加者からの質問なども受けて、広範に議論が重ねられた。その中でも私の興味を引いたのは、エリアマネジメントに関わるいくつかの議論だ。まず、
共同住宅の管理について、松村氏から、マンション管理士が管理組合からの委託を受けて、マンションの「資産マネジメント」を行う仕組みを期待したが、現実にはそういう事例はまだ聞いていないという話があった。また、松村氏が紹介した事例において、「住民の反発はなかったのか、合意形成はどうなっているのか」という質問に対して、「当然、反発はあったが、それを押し切っていくキーマンの信念と行動力が重要だ」という趣旨の回答をされており、なるほどと得心した。松村氏は講演の中でも、「『そうした人がいない地域はどうなるのか』と開かれるが、どうしようもない」と話しており、「人」の重要性について語っている。
 「では行政の役割は?」という質問に対しては、「うまくいっているのは、行政主導ではない地域」と言われ、行政に対しては「道路や公園などのインフラを所有管理する、一人のオーナーとして参加してくれればいい」と言っていた。また、重要なのは、「リスクを取る人間がいること」と言われており、大いに賛意を覚える。「では、キーマンがリスクを取るのか」という質問に対しては、「必ずしもその必要はない。キーマンの助言等により地元でリスクを取る人が出てこればいい」という言い方もしているが、そこは素直にそうかとは言えない。よくわからない。
 全体を通して、コーディネーターの村上氏は、キーマンが地域の合意形成を導いたと言いたいように感じたが、松村氏は必ずしも合意形成を必要としていないようだった。逆にリスクテイカーの存在と実践が、周囲の人々の合意形成を促すということではなかったか。私の質問に対しては明確な答えをもらえなかったが、大きく間違ってはいないと感じた。もう一度書くと、『エリアマネジメントとは、一定のエリアを舞台に、権利の及ぶ範囲でストックマネジメントをすること。それがエリアの活性化につながる』。
 ただ、松村先生は「人(キーマン)」の重要性を強調されたが、人(キーマン)がリードする地域づくりの永続性が気になる。将来的には、キーマンのノウハウや思想を地域でどう受け継いでいくかが重要になってくるのでないか。もっとも地域も変遷するので、永続性についてあまり気にしてもしょうがないのかもしれない。栄枯盛衰。活性化する地域もあれば、衰退する地域もある。
 今後、日本の人口はさらに減少していく中では、実は、地域の活性化よりも、いかに地域をリーゾナブルな大きさや形に整理していくかが重要になるのではないか。建物を壊し、更地を活用していく方向でのマネジメントが問われるような気がする。そこにこそ行政の役割や合意形成の技術が求められるのかもしれない。
 ところで、このシンポジウムに参加した一番の動機は、松村先生に会えること。今回、いくつか質問をさせてもらい、パネラーの馬場さんから声をかけてもらったことで、終了後、松村先生と名刺交換をすることができた。よかった。それが最大の収穫だ。改めて、松村先生をいつ知ったかと振り返ってみると、1999年に出版された「『住宅』という考え方」を読んでからのようだ。その後、松村氏は「箱の産業」「建築―新しい仕事のかたち」と一連の著作で注目を集めたが、昨年出版された「ひらかれる建築」では、「場の産業」をさらに「民主化」というキーワードで考察を深めていった。今後、成熟した社会の中で、建築という行為、そして既存の建築ストックはどうなっていくのか。松村氏には全国の事例を調査する中で、さらに深い考察と議論を期待したい。次の著作を期待している。