38年ぶり、奈良県今井町を訪ねる

 奈良県今井町は平成5年に重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けた歴史ある町並みが残る地区だ。先月、京都へ家族で旅行に行った。土曜日は京都を楽しんだが、翌日の予定がなく、そういえば久し振りに今井町へ行ってみようと思い立った。今井町は昭和53年、大学の卒業設計の対象地区としたところだ。研究室で卒業論文等の研究対象としていたこともあり、先輩等の調査・研究を手伝ったこともある。そして3人の共同設計として、一人は地区隣接の観光センターを、一人は町家の保存計画を、そして私は町並みに溶け込む新住宅の設計を行った。当時は安藤忠雄が「住吉の長屋」を発表して間もない頃で、何と町家に似た形状にコンクリート打ち放しの外観というとんでもない設計だった。そんな住宅が地区内に建築されなくて本当によかった。友人が設計した観光センターの計画地にはちょうど建売住宅の販売がされていた。その友人は今、大手設計事務所で設計部長を務めている。今ならどんな設計をするだろうか。今西家のちょうどすぐ西の地区だ。
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 今井町称念寺を中心とする寺内町として天文年間に建設された。堺と並ぶ自治都市として、周りが環濠で囲まれ、北西角が欠けた特徴的な町割の地区として、現在も多くの民家が建ち並び、美しい町並みを残している。南東角の市営駐車場に止めて、まず今井まちなみ交流センター「華甍」を訪れる。町並みを再現した大きな模型があり、ボランティアの女性が説明をしてくれる。この建物は1903(明治36)年に建設された旧高市郡教育博物館で、昭和4年からは今井町役場として使用されてきた。木造2階建ての立派な建物だ。
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 センターを出て掘割を渡ると、ちょうど目の前をだんじりの山車が練り歩いている。後で確認するとどうも、翌週の本祭りの前の予行演習だったようだが、山車の上に子供たちが乗り、笛や太鼓を鳴らす中、多くの若い男性が山車を曳いていく。その後ろに若い女性たちが付いていたのは子供たちの母親だろう。仏壇店の横、中尊坊通りを入っていく。向きを変える時はなかなか豪壮だ。山車の後を付いていくと「高木家住宅」がある。今井町の民家の多くは事前連絡を要する見学有料となっている。「高木家住宅」だけは事前連絡不要だったので、見学すればよかった。結局、無料の「旧米谷家住宅」しか見学しなかった。
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 高木家住宅から小路を挟んで「河合家住宅」がある。2階が白い漆喰塗りに丸に横棒の虫籠窓が美しい。中尊坊通りは突き当たりとなり南北に道は分かれる。山車は南へ折れて御堂筋を西に向かったが、私たちは北へ向かった。北東角の民家も修景され、むくり屋根と細い格子がきれいだ。本町筋の手前に空地。そして本町筋は狭い路地がカラー舗装され、修景された街灯が並んでいる。狭い路地の雰囲気がすごくいい。
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 本町筋を過ぎたところに「中町筋生活広場」がある。飛鳥の酒船石のような文様が付けられている。そこを通り過ぎると中町筋。通りに面して置かれた鉢やプランターがいい雰囲気を醸している。また軒と庇の高さが揃っているところが見事。家によって2階虫籠窓の形が違うところが面白い。
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 しばらく行くと「旧米谷家住宅」。ここは既に空き家となっているため、市が無料で公開している。母屋を通り過ぎて裏庭に入ると、内蔵と小さな蔵前座敷がある。屋根の上にちょこんと越し屋根が乗っているのがかわいい。
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 「音村家住宅」を過ぎて路地を北に折れ、「上田家住宅」に向かう。「上田家住宅」は玄関脇に2本の門柱が立ち、屋根も小さく段差を付けて軒瓦を複層させるなど意匠に凝っている。今西家等と並び惣年寄を務めていた家だそうで、それにふさわしい立派な外観だ。
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 突き当たると今度は大工町筋を西に向かう。こちらはやや寂れて裏通りの印象。本町筋まで下ってまた西へ。路地の先を山車が通り過ぎていく。「今西家住宅」は本町筋の西の端。北側の玄関前を通り過ぎ、環濠を渡って通りの西側から振り返る。妻面が二重に重なり、手前の妻面には格子模様。そして手前に下見板張り・白しっくい塗りの長塀が通る。学生時代からしっかりと頭に残る今井町を代表する景観だ。
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 帰りは御堂筋を戻る。紙半豊田記念館は新しい民営資料館だが入らなかった。その向かい側には2階つし部分が低い格子窓の民家が並ぶ。「豊田家住宅」は一際大きい商家で2階虫籠窓横のしっくい飾りが左右で異なる。右は明朝風、左はゴチック風。「称念寺」は改修工事中。
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 入口横の「太鼓楼」も立派で市の文化財に指定されている。その向かい側には「今井まちづくりセンター」。中を除くと留守番の男性が相手をしてくれる。今井町町並み保存会の拠点施設で、町家の外観をそのままに内部を住みやすくしたモデルハウスとして改修されている。入口にアールを描いた朱色の壁があり、奥への視線を遮っている。モダンな建物だ。
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 続いて並んでいるのが「夢ら咲長屋」。妻入りの建物に奥に連なって数店舗が並んでいる。今井町の中でほとんど唯一、土産物が買える店かもしれない。続いて「中橋家住宅」。低いつし2階が特徴的。虫籠窓も簡素だ。その東には恒岡醤油醸造本店。これも立派な外観。さらに東へ足を進めると、いくつもきれいに修景された民家が並んでいる。
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 それはさておき、お腹も減ったので先を急ぐ。目当ては「粋庵」。1000円のランチがお値打ちで、もりそばがおいしい。お腹も膨れたので区画の東の端、赤い蘇武橋のたもとに景観重要樹木のエノキが雄雄しく立っている。
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 その向かい側を南に下ると、通りの西側で新築されたばかりの長屋が建っている。写真を撮っていると二人連れの老人が声を掛けてきた。「今井町はどうだね」と聞くので、「土産物屋がないところがすばらしい」と答えると満足そう。「昔は陸の堺と言われた自治都市で、今西家住宅の中には裁判をする白洲や牢屋もあった」と教えてくれる。「今西家の次男は同級生だ」とも。後で確かめると、どうやら今井町の区長や春日神社氏子総代などを務められている澤井穣司さんだったようだ。「だんじりの山車がよかった」と言うと、「今日のは練習で、来週の本番には春日神社にある山車を使う。収蔵してあるので見に行けばいい」と教えてくれた。
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 駐車場まで戻り、教えられたように春日神社まで行って、山車蔵の小窓から覗くと、確かに立派な龍の飾り物がそびえている。いい人たちに会えた。そして誰も人懐っこくやさしかった。民家の多くは修景されて、町並みも38年前に比べれば格段にきれいになったが、土産物屋や飲食店もほとんどなく、昔のままの環濠都市の姿が残されている。それが何よりすばらしい。いつまでもこの環境と景観が残っていってほしい。そのための住民意識は十分に高いようだ。