既存ストックの福祉的活用

 数週間前に「既存ストックの福祉的活用」について、金城学院大学の加藤準教授の講演を聞く機会があった。先生は建築計画が専門で、自ら設計したケアホームやデイサービスセンターの紹介をされた後、地域包括ケア時代の福祉施設について説明があった。ここでは2013年に開設したシェア金沢を紹介されたが、この施設については以前、日本社会事業大学の井上準教授から「高齢期の住まいと地域包括ケア」について話を伺った際にも紹介されており、いつかぜひ現地を見学したいと思っている。
 加藤先生からは空き家・空きビルなどの既存ストックを福祉転用していく際の建築計画的な課題についていくつか事例を交えて話をしていただいた。既存ストックのビルディングタイプによって、例えば従前が住宅であれば、共用空間の面積不足が課題となり、集合住宅であれば構造壁の位置や防火設備の必要性、学校であれば長い直線の廊下や耐震性などが課題となるケースが多い。
 それらの転用事例について従前用途別に工夫した点などを紹介された後、地域での福祉転用計画システムの必要性について主張された。これは地域包括ケアの視点から地域の空きストックなどを調査し、適切な配置と設計、運営が行われるような地域計画を持っておくべきではないかという提案である。その際の留意点として、地域と介護サービスの圏域は同一ではない点や建物所有者の理解などを挙げられた。最近はフライチャンズで空き家を借り上げてデイケアサービスなどの福祉事業所を立ち上げるケースが増えているそうで、地域との連携もないまま立地して、地域とトラブルとなるケースも増えているということだ。
 先進事例としては、一般社団法人かながわ福祉居住推進機構が取り組む福祉居住マッチングシステムを紹介された。この団体のHPを確認したところ、公益社団法人かながわ福祉サービス振興会理事長が当推進機構の理事長も兼任され、役員には公益社団法人かながわ住まいまちづくり協会の方も参加している。一般社団法人ということなので、会員の会費により運営されているはずなので、どんな人や団体が加入し、どんな成果が挙がっているのか、機会があれば調べてみたい。また、横浜国立大学LIXILが参加して取り組む「みらいずみ工房」の紹介もあった。こちらは町内会で自主的に空き家状況を調査し、長寿社会の街づくりに取り組んでいる事例である。
 既存ストックの転用を進めていくにあたって、「一建物=一用途=一寿命」の図式を捨てるという指摘もあった。これは建築基準法の体系がそもそも転用をあまり前提としていないということで、法規制が転用の隘路となるケースが多い。その点で、空き家を障害者グループホームに転用する場合の緩和措置を定めた愛知県の事例が紹介された。これは単に緩和するのではなく、ソフト面での規制等も含めて全体的に規制と安全のバランスを取った例ということである。
 最後に「面的展開」について提案された。一つの建物だけで地域の多様なニーズと介護サービスを満たすことは難しい。ならば小さな建物を複数展開することでニーズに対応していくことも今後は考えていくべきではないかという提案だ。既にそうした事業展開をしている事例もある(NPO法人「おいなんよ」)ということで、その紹介をしていただいた。
 講演前は既存ストックの福祉的活用といっても、既にそうした事例は多くあるだろうしと思っていたが、課題や今後の方向なども示唆され、非常に楽しい講演を聞かせてもらった。終了後、有志で先生を囲んで雑談をした。その中では、高齢者が持っている能力をシェアする仕組みや卒婚(老後別居婚)などが話題となった。前者は先日紹介した「<小さな交通>が都市を変える」の中でも紹介されていた考え方だ。高齢者対応にあたっても、既存ストック(高齢者の能力も含めて)をいかに活かし、柔軟に対応していくかということがこれからの課題であり方向であると思われる。