<小さい交通>が都市を変える

 非常に面白い。<小さい交通>とは、自動車や航空機、電車などの<大きい交通>と<歩行>との間にある移動手段をいう。一番身近なもので言えば例えば「自転車」。身障者用には電動車椅子もあるが、これら自ら操作するもののほかにも斜行エレベーターやベロタクシーなどがある。それだけではない。移動市役所やオンデマンド交通、曳き売り・行商などサービスを提供する側が消費者側へ近づいていくもの、またカーシェアリングなども<小さな交通>の1つとして捉えている。そして第1章ではこうした<小さな交通>の事例が数多く紹介されている。
 まずこの部分が面白い。特に興味を惹いたのは「誰でも使える電動車椅子/パルパル」。これは60代半ばを過ぎて膝の痛みから歩行が困難となった女性、(株)ぱるぱるの内山久美子さんが開発した軽量・安価な電動車椅子で、「誰でも使える電動カート」と紹介されている。介護保険が適用されない高齢者でも安価に購入できるよう、わずか13万8千円という価格で販売されており、分解・組み立てることで自動車に乗せて運ぶことも可能だ。何より、移動手段を確保することで、歩行以外の能力を十全に利用できるという思想がすばらしい。
 これらの事例を総じて、本書では<小さい流れ>と呼んでいるが、<大きい交通>と<小さい流れ>を組み合わせうまく混合することで社会は今よりもずっと多くの人が参加できるようになる。これを筆者は「移動の民主主義」と呼ぶ。さらに高齢者が4割以上を占める社会になれば、健常者こそ少数派となり、さらに補助具を装着した障害者の方が健常者よりも高い能力を有するようになる未来さえ想像される。バリアフリーには強者から弱者を思いやる差別的な視線が含まれるという指摘も痛快だ。確かにそうだと思う。そして都市空間が完全フラットでなくてもいい。補助具や<小さな流れ>の支援を受け、個人の能力でバリアを乗り越えていく。モザイク都市を構想する点も興味深い。
 以上のことを踏まえ、本書の最後には「マルチ・モビリティ・シティ宣言」が掲載されている。1.誰もが自由に動き回れる都市、2.動く楽しさを満喫できる都市、3.環境都市、4.都市の交通空間の再分配、5.フラットな都市からモザイク都市へ、6.大きい交通と小さい交通の接続、7.乗り物を共有できる都市、8.小さい流れのための都市基盤。これら8つの要件を備えた都市を「マルチ・モビリティ・シティ(MMC)」と言う。少しカッコいい。
 これまでの都市計画では交通は技術としてしか捉えられていないという指摘はそのとおりだと思う。定着し、移動してわれわれの生活は成り立っている。<流れ>に注目して都市計画を見直すこと、今後その意義がますます高くなる。これからの都市計画は、<大きな交通>とともに<小さい流れ>に十分配慮していくことが望まれる。本書は大野氏の学生だった佐藤さん、齊藤さんによる事例紹介を優先するため急きょ発行されたが、さらに思想的な部分を補完する本を執筆中だという。こちらも大いに期待したい。

〈小さい交通〉が都市を変える:マルチ・モビリティ・シティをめざして

〈小さい交通〉が都市を変える:マルチ・モビリティ・シティをめざして

●高齢者の生活モデルは、移動の補助手段を使わずに頑張るか、または介護されるかのいずれかしか想定されていないようだ。それに加えて、今までの生活をできるだけ長く、楽しく続ける、という選択肢を高齢者が選べるようになることが今後重要になるのではないだろうか。(P029)
●建築家や都市計画家といった人間の生活空間を計画する専門家は、「流れ」としての交通を工学技術の問題としてみなしていたと言ってもよいだろう。しかし、専門家が好もうと好むまいと、私たちの生活のなかで交通は大きな位置を占め、生活に大きな影響を与えている。・・・移動中の時間はわれわれの人生の一部になっている。だとすれば、・・・移動の問題を、都市で暮らすわれわれ市民の生活と経験の問題として、高齢社会の空間計画と設計の問題として扱うべきではないだろうか。(P116)
●人類の幸福にとって真に役に立つ技術に仕立て上げるためには、科学技術としての改良と同時に社会技術としての成熟が必要である。20世紀に開発された技術の適正化は、当面人類が取り組まなければならないもうひとつの課題である。「流れ」の技術は、都市や住まいのあり方に、これまで以上に大きな影響を与えると考えられる。そして、「流れ」の適正化とは、暴走する<大きい流れ>を適切に管理し、<小さい流れ>に適切な場所を与えることである。(P122)
●乗り物は道具のひとつである。道具は人間の能力を補い、人間の能力を拡張する。その意味で<大きい交通>は優れた手段である。・・・<小さい交通>は歩くよりは早く、歩けない人の移動を助け、しかも自分で操作できる身近な道具である。<大きい交通>は<小さい交通>と組み合わされて初めて移動の民主主義が実現できる。(P125)
●高齢者や障害者は弱者として少数派を占めるにすぎなかった。それゆえ、バリアフリーのように、強者から弱者を思いやる視線が含まれ、同時に、理念的には標準的な人間がどこにでも行けるという完全にフラットな都市空間を理想とした。/21世紀の中ごろには日本では人口の40%が高齢者になり、市民の身体能力の多様性が拡大する。・・・どの身体能力グループが標準ということも言えなくなる。・・・場合によっては優れた補助具を身につけることで。「健常者」より能力の高い障害者も現れるだろう。もはや完全にフラットな都市などあり得なくなるだろう。MMCはモザイク状になるだろう。(P180)