インフラの呪縛

 「インフラの呪縛」というタイトルからは、単純な公共事業批判の本という誤解を生みやすい。だが実際は、河川や道路、鉄道事業などの戦前・戦後からの経緯を丹念に振り返り、公共事業がどういう経緯で現在に至り、どんな課題に直面しているのかを明らかにしている。土木学会ホームページのインタビュー連載「土と風の対話」での取材をベースに、技術者の立場を踏まえた公共事業論になっている。
 「第一章 生死をかけたダムをめぐる攻防」、「第二章 日本を造った道路の運命」、「第三章 鉄道は希望か、悪夢か?」では、それぞれ河川事業、道路事業、鉄道事業の過去を振り返る。中でも第二章の始めの次の文章が興味を惹く。

●現代では道路建設は公共事業のシンボルのようにみられているが、大正から昭和初期にかけて道路には国の予算がほとんどつかなかった。公共事業といえば河川修復や鉄道敷設が主流だった。そこから人びとの関心を道路へ引きつける過程に、戦後の道路事業勃発の芽も潜んでいる。(P074)

 そこに書かれているのは、戦前期、海に囲まれ急峻な日本の地形から、道路事業は船舶や鉄道事業に比べて交通手段としての必要性は低く見られていた状況の中で、戦後、ワトキンス調査団が来日。統計調査の専門家であるワトキンスは「これは経済の問題だ」と土木技術者は一人で、残りは経済や政策の専門家を選定。この調査団報告が道路運輸政策を後押ししたおかげで、世界銀行からの融資が可能となり、高速道路建設が始まったと言う。
 また、第二章の後半には本四連絡橋のルート間競争の話、さらに第三章には、鉄道省の流れを汲む国鉄運輸省との軋轢や、新幹線建設に至る天才技術者の努力、国鉄民営化への政治的な決着などについても書かれており、興味深い。
 「第四章 公共事業叩きへの反動」では、ダム建設に係る汚職事件から始まって、全総構造改革などを巡り、政界の思惑に左右される公共事業の姿が描かれている。そこには、公共事業叩きが手段となり、本来進めるべきインフラの整備やメンテナンスが後送りされ、手付かずとなっていった実態が示されている。
 最終の「第五章 インフラ危機をチャンスに」では、東日本大震災後の震災復興、そして国土強靭化の名の下に公共事業が復権しつつある状況を描くが、国土強靭化が単なる公共事業予算を巡る利権拡大ではなく、イギリスなどの例を見ても、世界的な潮流であることを説明する。
 「インフラの呪縛」というタイトルと言い、「公共事業はなぜ迷走するのか」という副題と言い、刺激的な言葉が並ぶが、内容は必ずしもそれに明確な答えを示しているわけではない。政治に翻弄される中で、しかし必要なものは必要であること。特に今後はメンテナンスを中心に、レジリエンスの視点から必要な公共事業は着実に実施していくことが求められる。「あとがき」では、旧態然とした視点で進められようとしている東京五輪に向けたインフラ整備に対する批判も展開している。ノンフィクション作家によるバランスの取れた公共事業・インフラ論となっている。

インフラの呪縛: 公共事業はなぜ迷走するのか (ちくま新書)

インフラの呪縛: 公共事業はなぜ迷走するのか (ちくま新書)

●「ニューディール政策は、アメリカ経済の蘇生が目的です。その一環であるTVA開発は、公共事業を行う場所の地域開発ができてこそ、成功と考えています。確かにダムは下流のためのもの。・・・しかし、TVAは下流を豊かにするだけでなく、水源の地域開発にも成功した。一方日本のダムが造られる上流地域は、だいたい衰退している。水源地対策を、ずっと疎かにしてきました」(P057)
●国土計画とは、国の将来像を描き、そこに向かう道筋を示すことだろう。そのためには国際情勢の洞察や歴史観、土地利用や社会資本のあり方、国民の価値観などの調査や課題の抽出が求められる。具体的な制度と抽象的な方向性に折り合いをつけ、国民的合意を得なくてはならない。/と、考えながら、あえて高速道路や本四連絡橋が続々と建設された時代と、いまを比べてみると計画の大切さとともに改めて存在の大きさを痛感されるものがある。/「政治」だ。状況をつくりだす政治家の能力は、二世、三世議員が跋扈するようになって、衰退している気がしてならない。(P117)
●多くのメディアは、(強靭化総合)調査会が発足すると、利権に聡い自民党の長老議員が公共事業の旗振りを始めた、とシニカルな視線を向けたが、「強靭化」=「レジリエンス resilience」という概念は世界的なインフラ構築の思潮でもある。/イギリスは、・・・「国家レジリエンス計画」で自然災害全般への備えを立案した。アメリカも、・・・あらゆる緊急事態に対応できるよう「国家危機管理システム」を改訂している。/先進諸国の多くはリスクに強い国家構造を求めており、そのキーコンセプトがリジリエンス、強靭化なのである。(P237)
●西川(現・橋梁調査会専務理事)は、インフラの維持管理は老化現象を精査し、「帰納的対応」が必要だと言う。現場ごとに条件が違うので、一つひとつ対策を立てなければならない。リアリズムの世界だ。逆に新橋の設計は、理論、仮定、条件と積み重ねて正解を出すので「演繹的手法」であり、学校でも教えやすい。維持管理と新設は思考回路が反対なのだ。(P260)