建築―新しい仕事のかたち

 東大の松村先生が最近、「箱の産業」と「場の産業」という言葉を使い始めた。プレハブメーカーなどの取り組みをまとめた「箱の産業」についてはこれから読んでいきたいと思っているが、先に「場の産業」についての本を読んだ。わずか150ページ足らずのコンパクトな本であっという間に読み終えてしまった。
 これからの建築の仕事は、生活する場をデザインし、再生していくことが中心になるという考えを示した上で、その方法、考え方、視点、ノウハウなどについて、先行して全国で取り組まれている事例を参照しつつ、7つの章に分けて説明していく。
 各章の構成は、(1)生活する場から発想する、(2)空間資源を発見する、(3)空間資源の短所を補い長所を伸ばす、(4)空間資源を「場」化する、(5)人と場を出会わせる、(6)経済活動の中に埋め込むの6章。「はじめに」では、以上6つの項目に加え、(7)生活の場として評価する、を挙げているが、今後の課題であり、また居住学分野の研究蓄積があるとして割愛している。
 書かれていることはある意味当たり前で、うまく整理したという印象だが、全国のさまざまな先行的取組みを多く紹介している点が目を惹く。東京R不動産ひつじ不動産はもちろん、「アーチ千代田3331」の事例や「アートアンドクラフツ」の中谷ノボル、北九州家守舎とHEAD研究会、スタジオアパートメントKICHI、京町屋のリノベーションに取り組む「八清」、岡山市問屋街の取り組み、UR機構による「たまむすびテラス」、長野市善光寺の「門前暮らしのすすめ」など紹介する事例は全国に及ぶ。
 単に建築的な手法の話だけではなく、これらの活動を経済ベースに乗せるためのメディアやネットの活用や付加価値評価、職域のクロスオーバーなどについても述べている。とは言っても、本書で紹介されるような活動は十分な量をもって認知されているわけではない。首都圏といった大きな需要の存在や京町屋のような地域限定の条件など先行者の能力に依る部分がまだまだ多い。
 考えてみれば、新築分野でも「箱の産業」により供給される住宅数よりも従来の請負で建築される住宅の方が多いのではないか。既存住宅分野においても、個々の所有者からの工事発注を受けてリフォームする住宅の方がずっと大きなマーケットを持っているはずだ。筆者はあえてそうした建築業界を視野の外に置いて、「箱の産業」と「場の産業」を論じている。いわば商品と化した住宅のみを対象としているように私には映る。
 本書をベースに、一般の技術者や工務店によるリフォームやリノベーションも含めて広く研究すれば、建築の新しい仕事のかたちがもっと身近なものとして見えてくるのではないか。「場の産業」の裾野はもっと広く、それだからこそ、今後の建築の仕事の主要な領域となるのだと思う。既に建築産業は変化しているのではないか。

建築―新しい仕事のかたち―箱の産業から場の産業へ

建築―新しい仕事のかたち―箱の産業から場の産業へ

●建築的な部分もテーブルウェアも置き場も庭の木々も、すべて生活の場を成り立たせる環境として同じ距離感で捉えている、そういう感覚である。・・・生活者にとって、自分の居住環境からわざわざ建築屋の仕事だけを切り出して認識する習慣はない。専門家の側もこの生活者の自然な感覚に親しむ必要がある。(P28)
●そもそも箱の産業はこれまで何のために頑張ってきたのだろうか。それは、今日見られるような充実したストックを形成するためではなったのか。だとすれば、箱の産業の目的は達せられつつあると言ってよいだろうし、今後ストックの少々の建替え以外に箱の産業が担うべき役割はないと考えるのが自然だろう。(P50)
●同じ敷地に同じ規模のホテルと集合住宅を新築する時、いったい誰がこんな効率の悪い大空間を設計の中に組み込むだろうか。これこそがすでにある空間資源を利用することに伴う醍醐味である。・・・もともとの空間資源の個性をいかせば、新築ではできないことが実現できる。そして、それが価値の再生、状況の再生につながる。(P77)
●建物に関する専門的な評価への需要の存在は明らかなのだから、政府が動くか否かに関わらず、不動産流通業界が率先して取り組みを見せるべきだというのが私の考えだし、すでにある空間資源を豊かな生活の場に仕立て上げる新しい仕事を始めた人たちの考えも同じだと思う。実際・・・本書で紹介した方々の多くは、建物の専門的な評価を市場に定着させる目的で「一般社団法人リノベーション住宅推進協議会」を2009年5月に設立している。この協議会では、建物の専門的な評価を経て一定の水準を満たした既存住宅を「適合リノベーション住宅」として認定する民間制度を立ち上げ動かしている。(P132)