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名古屋城本丸御殿 玄関と表書院を公開

建築アルバム

 復元工事が進められている名古屋城本丸御殿には3年ほど前に見学に行ったことがある。「名古屋城本丸御殿の復元工事」
 昨2013年5月末から第一期工事分の玄関と表書院が公開されている。先日、また名古屋城本丸御殿の復元工事現場等を見学する機会に恵まれた。
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 前回同様、東門から名古屋城内に入っていく。重要文化財の東南隅櫓の横を通り、同じく本丸表二之門から本丸内に入っていく。江戸期からの石垣で形作られた枡形を進むと、正面に本丸御殿が目に飛び込んでくる。門から御殿までは想像以上に近い。なだらかに湾曲した唐様破風の玄関車寄せの奥に、一之間、二之間を擁する妻入り屋根の玄関がある。破風を飾って様々な金具が金色に輝いている。
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 玄関の脇に戦争で焼失する前の本丸御殿と天守閣を写した写真パネルが掲示されている。これを見ると、本丸御殿から天守閣にかけてびっしりと建物が連なっている様子が確認できる。玄関から上洛殿、そして天守閣へと次第に高さを挙げていく様は、これらが完成すればまさに見事と言える景観だろう。
 見学コースは玄関の先の中之口部屋の手前から御殿内に入る。見学者用の下足室もあって喧騒とした雰囲気だが、6部屋から成る中之口部屋も天井は高く、格式を感じさせる。使用人等の控えの間だろうか。
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 廊下を渡って玄関車寄せの裏側、玄関にある一之間、二之間を見る。竹林や滝の前で戯れる虎や豹が描かれた豪華絢爛な障壁画に圧倒される。狩野派絵師によって描かれた絵画を忠実に復元模写したものだ。本物の多くは戦災時に蔵などに避難させたため無事だった。焼失等したものも昭和初期の調査等により網羅的に撮影された写真により、精密に復元模写が進められている。
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 天井を見上げると、玄関とそこに向かう大廊下は竿縁天井、奥にある表書院の廊下は格天井と使い分けられている。表書院一之間は天井格子の中がさらに細かく仕切られた小組格天井、さらに奥の上段之間は床も一段高く設えられ、天井も一段上に跳ね上がった折上げ小組格天井となっている。上段之間には松の枝振りも見事な床の間や違い棚が黄金に輝き、納戸之間への扉には野太い漆塗りに装飾金具が彩られ、豪壮さを誇っている。
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 表書院の二之間や三之間には金色に塗られただけで、何も描かれていない襖がある。これはこの襖に限って史料が残っていないので敢えて復元をしていないためで、復元模写の厳密さを物語る。
 第一期公開部分はこの後、表書院の裏側を回って中之口部屋に戻ってくる。今後、対面所や上洛殿などの工事が進められ、第2期、第3期とさらに大規模に公開がされていく予定だ。第一期分だけでもその見事さにびっくりする。全部が公開されたらどんなだろう。2018年の全面公開が待ち遠しい。 
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 見学はこの後、第2期工事の現場に向かった。仮設の見学コースからは表書院の屋根に連なって立派な小屋組みが立ち上がっているのが見える。見下ろす杮葺きの屋根も見事だ。この日はさらに金のシャチのオス・メスや石垣の刻印など管理担当者による話を聞きながら、本丸を北に出て木材加工場に向かう。大きく湾曲する破風の加工がされていたが、全て手削りで大変な作業をしている。展示館で作業状況などのパネルも見て解散となった。
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 やはり途方もない作業だ。江戸時代初期の新築当時は本丸御殿の建設をわずか3年で完成させていると記録に残っているそうだ。今回の復元は2009年に着手して2018年完成予定。実に3倍の工期がかかっている。クレーンなどの大型機械もない時代にどうやって工事を実施できたんだろう。徳川家の絶大な財力と権力がそれを可能にしただろうことを思うと、当時の幕府権力の大きさに驚愕するほかない。