高齢期の住まいと地域包括ケア

 (公社)都市住宅学会中部支部主催の講演会に行ってきた。講師は日本社会事業大学専門職大学院准教授の井上由起子さん。先生は建設会社勤務等を経て、旧国立医療・病院管理研究所、国立保健医療科学院に在籍。2012年より現在の大学院に所属している。厚生労働省系の研究機関に在籍しておられたが、専門は建築で、建築学の立場から高齢期の居住と福祉を研究しておられる。介護行政を深くご存知で、かつ建築の素養もあるという感じか。講演は「地域包括ケアシステムのコンセプト」から話は始まった。
 「地域包括ケアシステム」では、基盤としての住まいの上に生活支援があり、さらに医療・介護・予防保健のサービスが乗る。住まいを「自宅」、サービス付き高齢者向け住宅等の「住宅系」、特別養護老人ホーム等の「施設系」と分けると、医療・看護・リハビリ・介護等のサービス拠点から、「自宅」へは各サービスが、「住宅系」へは安否確認等を除く医療・介護サービスが、「施設系」へは介護は施設内で行われ、サービス拠点からは介護サービスが届けられる。
 ケアを、「自助/互助/共助/公助」で分けると、担い手は「本人/家族・隣人/医療福祉関係者/行政」、主な機能は「健康/信頼・帰属/医療・介護/生活保護・権利擁護」、生活支援入手手段は「無償労働・マーケット/労働+情緒/介護保険等/セーフティネット」と整理される。「自助・互助」がインフォーマルケア、「共助・公助」がフォーマルケアに当たる。かつてはサービス提供圏が中学校区程度で設定されていたが、最近は小学校区程度に狭くなり、コミュニティの中でケアが行われる方向になってきている。
 高齢者ケアの基本方針は「尊厳」「自立支援」「継続性」の3本柱。住居は「個室化」「数人の小規模単位で暮らす」「まちなか立地」という方向で進んでおり、ケアを受ける場と活動の場が一体となる傾向にある。
 興味深かったのは、居住の継続性について。従来は「自宅」「ケアハウス」「特別養護老人ホーム」「老人病院」と介護度合いに応じて転居していくステアモデルだったものを、できれば「自宅に住み続け、在宅医療を受ける」、転居する場合は1回だけ、サービス付き高齢者向け住宅や認知症高齢者グループホーム、特別養護老人ホームに移って、その後はそこで最期を迎える。「転居は1回だけ」というのは福祉関係者の間では共通の認識になっているという。
 また、サービス拠点と活動拠点の継続性については、先生の母親の例を引いて説明された。最初は囲碁サロンに通っていたものが、地元のボランティアで囲碁教室を手伝うようになり、高齢者住宅付属の囲碁サロンに移り、やがて講師の立場から利用者としてサービスを受ける立場に変わり、小規模多機能の送迎サービスを受けて囲碁サロンに通うといったイメージだ。支援の必要がない間は市場で余暇サービスを利用していたものが、次第に地域に密着した活動となっていく。残念ながら男性の多くでこうした趣味を通じた地域とのつながりが持ちにくいことを問題点として挙げていた。
 次に、サービス付き高齢者向け住宅について。これまで供給されているサービス付き高齢者向け住宅の95%は食事サービスを提供。介護サービスや医療サービスも建物内外の事業所と連携して提供している住宅が多い。施設代替として建設される住宅が約8割と言われている。
 しかし、持家から特別養護老人ホームまでを並べた図で住宅費用を表示すると、どうしても高齢者住宅が高くなってしまう。加えて、要介護以前の状態では生活支援サービスは自費となるので、なかなか一般の高齢者には高齢者住宅への転居がふんぎれない状況にある。軽度の介護度で独居困難な低所得者の居住確保が必要だという議論が出ているが、公的用地の活用など社会的に低額にして市場に乗せていく施策が必要だと言う。最近、厚生労働省から伝わってくる低所得高齢者向け住宅「高齢者ハウス」をイメージした議論だと思われる。
 サービス付き高齢者向け住宅の利用者の平均介護度は1.80、平均年齢は82.6歳でこれは住宅型有料老人ホームよりもやや健康という状況だが、すぐに要介護度が進行する懸念がある。一方で1階にサービス拠点が併設されたサービス付き高齢者向け住宅が多く、デイケアセンター等の通所施設が本来期待されている家族の介護負担軽減や高齢者の社会参加の機能を果たしていないという問題提起をされていた。
 地域包括ケアシステムの充実により、要介護3までならよほど認知症が深くない限り自宅で暮らせる社会になりそうだが、それでも高齢者住宅に移るのはなぜか? 実は安全・安心を欲しがっているのは家族で、高齢者自身は子供の負担軽減を考えて自ら高齢者住宅へ移ろうとするのが実情ではないか。本当なら、高齢者が自らの充実と自己実現のために高齢者住宅を選択するようでなければいけないのだろう。井上氏からはマズロー欲求段階説を挙げて、家族や友人・隣近所の人々にとって魅力のある、結果として社会と接点のあるサービス拠点(+活動拠点+生活利便施設)が住居の周りにあることが重要だと説明された。
 そこで事例として取り上げたのが、福岡県大牟田市公営住宅建替事業により整備された「ケアタウンたちばな」とURの遊休地を活用して整備された横浜の「わかたけの杜」。前者は市営住宅の建替えに併せて高齢者向け住宅と小規模特養、小規模多機能施設、地域交流拠点を整備したもの。後者は国の「高齢者・障がい者・子育て世帯居住安定化事業」を活用し、高齢者向け住宅と特別養護老人ホーム、活動拠点・サービス拠点を併設したセンターハウス、在宅療養支援診療所などを整備したもの。私からは前者について、公営住宅に住む独居老人の孤独死対策などについて質問をさせてもらった。
 そうしたところが、待ってましたとばかり、活動拠点の話に移る。事例として紹介されたのは、横浜市のUR賃貸住宅「公田町団地」。スーパーが撤退し買物難民が増える中で、団地自治会が中心となりあおぞら市を開設。その後、NPO法「お互いさまネット公田町団地」を設立し、あおぞら市の販売益や会費、生活支援サービスの事業費を活用し、地域拠点事業を始めている。また、大牟田市においても小規模多機能施設等に地域交流拠点の併設を義務化。こうした地域交流拠点が市内23小学校区に37ヶ所整備されている。「ケアタウンたちばな」でもこうした地域交流拠点を整備することにより、公営住宅の入居者との交流を進めることとしている。
 社会市場において専門職能者が介護等に従事する場合には相応の貨幣が必要となるが、信頼市場においては、専門性はないが、愛情や効用感など感情が補填することで市場よりも安価にサービスが提供される信頼市場がある。「互助」とはまさにそういうものだが、高齢者介護の現場に「互助」をうまく組み入れていくことが必要だと言う。
 続いて、銭湯の経営から、昼間だけ銭湯をデイサービスに利用する事業を始め、それが拡大し、サービス付き高齢者向け住宅や各種介護事業を実施するようになった「地域包括ケア ゆーき」や、東京ドーム3/4ほどの広さの病院跡地を利用し、高齢者住宅や障害者入所支援施設、デイサービス、就労支援施設に加え、一般住戸にレストラン、温泉、店舗、ライブハウスなどの生活施設も含め整備をしている「地域包括ケア シェア金沢」を紹介していただいた。ちなみに後者の施設は、社会福祉法人「仏子園」が取り組んでいる事業だが、元々は廃寺となっていた西園寺をデイサービス等に転用したところから福祉事業に参入したとのことだった。こちらでは地域に溶け込んだ活動を展開している。
 最後は時間切れでまとめの部分が省かれてしまったが、福祉サイドにおける地域包括システムの理念などはある程度理解できたかも。だが一方で現実は常に動いており、システムが現実に根付くまでには、施設や体制の整備などある程度の期間が要するし、その間に更なる高齢化が進むなど現実はまだまだ難しい状況にある。住宅サイドの研究者は施設内容が中心となり、サービス提供に伴う矛盾や課題は忘れがちになってしまう。
 講演後の意見交換では、公営住宅などに入居する低所得者や郊外に居住する高齢者への対応が課題だということが話題となった。これらについて福祉の研究者の間でも明確な回答はなく研究課題になっているようだ。引き続き、高齢期の住まいと環境をどう整備していくのか、福祉と住宅のそれぞれの分野での研究が必要である。