里山資本主義

 著者に「デフレの正体」の藻谷浩介氏の名前が挙がっている。「あとがき」でも藻谷氏自身が「デフレの正体」以来の執筆と書いているが、実は藻谷氏が書いているのは「中間総括」と「最終総括」の2章に「おわりに」だけで、いわば本論に当たる第1章から第5章までの各章と「はじめに」はNHK広島取材班の井上恭介氏と夜久恭裕氏が執筆している。2011年夏からNHK広島放送局で制作し、中国地方限定で放送されたドキュメンタリーを書籍化したもの。藻谷氏はコメンテーターとしてこれらの放送シリーズに参加していたらしい。

 「里山資本主義」というネーミングに惹き付けられたが、足助町で2年間過疎対策に関わった経験からすると「何を大げさな」という印象も持ちつつ読み始めた。最初はバイオマス発電の話。先日訪れた岐阜県白川町の取組の見学内容からしても「バイオマス発電だけでは成立しないだろ」と眉唾で読み進めた。だが話はそれだけにとどまらない。ペレット燃料の徹底的な活用。雑木数本で燃焼するエコストーブの高性能ぶり。「里山を食い物にしよう」というアピール。

 「お試しで里山利用を進めます」というレベルをはるかに超えて、本気で地域内エネルギー自給をめざす取組がそこにはあった。過疎を逆手にとって豊かな暮らしを見せびらかす取組。ここまで本人たちが真剣に楽しめば行政も変わる。地域も変わる。「世界経済の最先端」という第1章のタイトルがけっして大げさではないと感じた。

 そして第2章はオーストリアの話。日本と同じ急峻な山岳地帯を抱える国ながら、機械化された最先端の林業とペレット燃料を徹底利用したエネルギー政策に取り組む。中でも国境の町・ギュッシング市では1990年にエネルギーの脱化石化を宣言。木質バイオマスによる地域冷暖房やコジェネレーション発電によりエネルギー自立を実現させている。

 しかしバイオマス発電にしろ、ペレットにしろ、本体の木材利用があってこそ成り立つ。そこで紹介されるのがCLT(クロス・ラミネイティッド・ティンバー)だ。直角方向に張り合わせた集成材が無類の強度を発揮。オーストリアやイギリスではCLTを利用した9階建ての木造高層建築物まで登場しているという。本書では冷静に、セメントが唯一100%国産で入手できる日本の状況を踏まえ、既得権益との関係から木材の高層建築物への利用解禁が一気には進まない可能性も示唆しつつ、里山資本主義の実力を紹介している。

 第3章では地域循環型経済の取組をいくつか紹介する。山口県周防大島の地場産業の果樹農業を活かしたジャム園の経営。高知県大豊町の真庭モデル導入の試み。島根県の耕作放棄地を活用した放牧の取組。島根県邑南町の移住女性による「耕すシェフ」レストラン。そして鳥取県八頭町のホンモロコの養殖も耕作放棄地を活用した取組だ。

 第4章「”無縁社会”の克服」は、広島県庄原市の空家と高齢者と社会福祉施設をつなぐ取組の紹介。そして第5章では、「スマートシティ」のシステム構築を検討する最先端プロジェクトの取材と比較し、次世代産業の最先端と里山資本主義が目指すものは「驚くほど一致」していると紹介する。「マネー資本主義」から離れれば、我々が追い求めている新しい時代のあり方は、人間性をベースにした「人にやさしい」世界を求めている。真の幸福は人間性の回復の上にあり、「里山資本主義」はその有力な手段の一つだ。

 藻谷氏が書く「中間総括」では、「里山資本主義」をマネーが止まった時の安心安全を補填する「マネー資本主義」のサブシステムとして位置付けながら、マネー資本主義への3つのアンチテーゼ、「貨幣換算できない物々交換の復権」「規模の利益への抵抗」「分業の原理への異議申し立て」を示し、里山資本主義の可能性を示す。

 「最終総括」では「日本経済ダメダメ論」の否定を行っているが、これは本書を借りて最近の持論を披露したという感じだ。その後、「里山資本主義」について、安心を担保するサブシステム、また少子化・高齢化に対しても有効に働くと持ち上げる。そこまで楽観していいだろうか。たぶん藻谷氏こそNHKの取材に声をかけてもらい、大いに勉強し開眼したのだろう。

 本書を読んで私も、「里山資本主義」に対して約10年前 に足助で経験した以上の可能性を感じた。だが同時に、まだ多くの現代人には遠い世界の話でもある。一方で(これは藻谷氏の指摘だが)、里山資本主義は補助金等の後押しを得ずしても前進をする力強さがある。たぶん補助金制度では追いつかない先進性がある。その可能性と成果を追っていくのは楽しいし、正しい方向だろう。「里山資本主義」が当たり前となるはずの50年後が楽しみだ。いや、それを見られないのが残念だと言うべきか。

真庭市では、銘建工業の木くずによる発電に加え、ペレットの熱利用に目を向けたことがエネルギー自給の割合を大きく高めることに貢献した。市の調査によると、全市で消費するエネルギーのうち実に11%を木のエネルギーでまかなっているという。・・・山の木を丸ごと使って、電気や石油など地域の外からのエネルギー供給に頼らなくても済む地域を目指す真庭市。しかしそれはつい最近まで日本人の誰もがやっていた営みを現代の技術で蘇らせようとしているにすぎない。(P38)
●CLTで壁を作り、ビルにしたところ、鉄筋コンクリートに匹敵する強度を出せることがわかったのである。それは、高層ビルは鉄とコンクリートで造らねばならない、という常識を覆した。そこからオーストリア政府の動きは早かった。木造では二階までしか建てられないとしていたオーストリアの法律が、2000年、改正されたのだ。今は9階建てまで、CLTで建設することが認められている。(P108)
●「里山資本主義」とは、お金の循環がすべてを決するという前提で構築された「マネー資本主義」の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方だ。お金が乏しくなっても水と食料と燃料が手に入り続ける仕組み、いわば安心安全のネットワークを、予め用意しておこうという実践だ。(P121)
●インターネット・・・は、補助金を配ったから利用者が増えたのではない。参加することが面白いから、何かの満足を与えるから、多くの人が時間と労力を割くようになったのだ。・・・里山資本主義の普及も、ネット初期のような段階にまで達してきているのではないかと感じている。面白そうだから、実際にやってみて満足を感じるから。そうした実感を持つ個人が一定の数まで増えることで、社会の底の方から、静かに変革のうねりが上がってくると思っている。(P152)
●そもそも人口減少社会は、一人一人の価値が相対的に高くなる社会だ。・・・機械化・自動化が進み、生産力が維持される中での人口減少は、人間一人一人の生存と自己実現をより容易に、当たり前にしていく。増えすぎた人口をいったん減らした後に一定水準で安定させていくことこそ、地球という限られた入れ物から出られない人類が、自然と共生しつつ生き延びていくための、最も合理的で明るい道筋なのだ。(P301)