発展する地域 衰退する地域

 先に読み終えた「都市は人類最高の発明である」と同時並行に読んでいたので、内容が頭の中で一緒くたになっている。前著は都市が人類にとって発展という意味でも環境的にも最高の方法であると絶賛するものだったが、1984年に発行された本書も都市が経済発展のベースであることを説いている。だが単なる都市賛歌ではなく、衰退する地域とその原因を研究し、自立的な輸入置換と同等程度の都市相互の交流が地域発展のカギとなることを指摘する。

 まず第1章「愚者の楽園」では、経済を国家単位で測ることの愚なことを指摘し、第2章「現実にたちもどって」で都市の単位で経済を見ることの必要性を指摘する。第3章以降は具体の発展都市と衰退都市の分析である。東京近郊の農村から発展を遂げた仮名村落「シノハタ」、供給国家として衰退を始めたウルグアイ、近郊都市に住民が移住し衰退する農村集落。そして農村が技術を取り入れることで省力化し住民を排除する実態。それらは資源を輸出して得た財を輸入品の購入で散在し、自ら代替材を生産する輸入置換都市になることができなかった。工場を誘致した移植工場地域も同様である。こうした地域は進出企業の浮沈に左右され、自前の経済を持たず、工場の移転とともに衰退を始める。さらに第8章「都市のない地域に向けられた資本」、第9章「取り残された地域」でも同様の衰退地域の事例が取り上げられる。

 都市はお互いに交流し合う都市が必要である。第10章「なぜ後進都市は互いを必要とし合うのか」では適度に同程度の交流都市の存在が必要であることを説く。そして第11章以降で、都市の発展を妨げる政策について批判していく。

 まず評価されるのは通貨価値の変動である。通貨価値の変動は経済の適切なフィードバック・コントロールの役割を果たしている。しかしあくまで国家単位でしか通貨が設定されないとすれば、フィードバック情報を適切に生かすことができる都市がある一方で、その犠牲になる地域が存在する。

 それらの地域を救うため関税がかけられる。適切な関税は輸入置換へのアシストとなるが、多くの場合、流動的都市間交易の障害となる。最悪なのは衰退地域を救うために実施される補助金や交付金である。ジェイコブズはこれを「衰退の取引」と言って糾弾するのだ。しかし多くの政府や政治家はいったん始めた補助金を中止することができない。

 ジェイコブズが提案する解決策は過激である。すなわち国家の分割である。分割による主権の複数化によって、都市ごとに異なる通貨を持つことができれば、通貨価値の変動効果が生まれ、衰退地域も経済状況に見合った発展への道を辿ることができると主張するのだ。ジェイコブズによればこれはけっして夢物語ではなく、ノルウェイのスウェーデンからの独立はまさにそうした事例だったと言うが、解説を書いた元鳥取県知事・片山善博によれば、これがすなわち地方分権であり、地域通貨がこれに通じると指摘する。なるほどとも思うし、そうなのかとも思う。

 いずれにせよ、ジェイコブズが本書を書いたのは今から30年も前のことである。当時衰退に向かうとされたニューヨークは金融都市として復活・発展を遂げているし、絶賛された日本も今や衰退の局面に入っている。しかし、国よりも都市、都市のイノベーション・インプロビゼーションによる自立的発展といった地域主体の経済運営と発展のセオリーは変わらないように思える。

 「アメリカ大都市の死と生」で一躍注目を集めたジェイン・ジェイコブズだが、「ジェイコブズ対モーゼス」で見る市民活動家としての側面だけでなく、「市場の倫理 統治の倫理」では社会的道徳について論じた。そしてこれらを結ぶ結節点として経済への思索があった。ジェイコブズの都市経済論はけっして古びることなく、ようやく時代が追いつきつつあるとさえ言える。現在においてなお、いや今こそ、人類の幸福と発展に向けて重要な視点を提起しているように思う。

●国民経済とよばれる集合体と都市経済とを区別することは、・・・経済活動を再形成しようとする実践的な試みにおいて、決定的に重要である。(P059)
●経済活動はイノベーションによって発展する。つまり、輸入置換によって拡大する。・・・さらに輸入置換がうまくいく場合には、生産計画、原材料、生産方法の適応を伴うことが多く、このことは、とりわけ生産財とサービスのイノベーション、および臨機応変の改良を意味する「インプロビゼーション」を必要とする。(P066)
●発展とは、自前でやる過程である。いかなる経済も、自前でやるか、さもなければ発展しないかのどちらかである。・・・シャーとピュートル大帝そして彼らの顧問たちは、・・・すでに発展し終えた方式と製品とによりかかって、てっとり早く自生的な試行錯誤やインプロビゼーションの手間をはぶこうとした。しかし、それはまったくの的はずれであった。(P221)
●発展とは、日常の経済活動の中にインプロビゼーションを取り入れることができるような状況のもとで、絶えず創意を加えて改良する過程である。こういう状況が生み出せるのは相互に流動的な交易を行っている都市だけであり、それゆえ、後進諸都市はお互いを必要としているのである。(P244)
●成功につながる経済発展は、その本性から言って、目的志向型であるよりは修正自由型にならざるをえず、発展過程の中で、そのときの都合や経験に応じて変わっていかざるをえない。・・・発展とは、インプロビゼーションを伴う前例のない仕事への「漂流」であるということができよう。(P343)