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碧南大浜てらまち散歩

 仕事で碧南へ行った帰り、同行のYさんが「少し町を歩いてから帰ります」と言う。デジカメを片手に歩く気満々。思わず「一緒に行く」と答えてしまった。

Nec_0013 碧南駅前は非常に閑散としている。名鉄三河線の終着駅のため仕方ないが、財政的には非常に裕福な市の中心駅とは思えない。午後からの仕事で駅前で昼食を取ろうと予定より少し早く駅に着いたが、食堂は駅前に「大正館食堂」があるきり。他にはコンビニも何もない。ここまで何もない駅前も少ない。

 仕事を終えて、3時に駅前に戻り、取り敢えず旧国道の大浜街道まで歩く。交差点角にある林泉寺は1457年創建の曹洞宗の寺。広々とした庭に立派な本堂では毎週早朝座禅が開かれているそうだ。街道沿いに南に進むと、左手に倉庫状の「大浜まちかどサロン」がある。ここで町歩きマップ「大浜てらまち散歩地図」を入手。以下、これを片手に町を歩いた。ちなみにこの「まちかどサロン」は、パチンコ店跡地だそうだ。 Nec_0014

 その南側に全景真っ黒な外観の施設がある。藤井達吉現代美術館だ。藤井達吉は明治末期から昭和にかけて活躍した工芸作家だ。かつてこの建物は商工会議所として使用されており、当時、地元建築士会の方々と「大浜地区の歩いて暮らせる街づくり」について意見交換をしたことがある。その後、その建物が増改築され、このような立派な美術館として再生したと思うと感慨深いものがある。

 美術館の向かい側に立派な堂楼が聳えているのが西方寺だ。真宗大谷派の寺で本堂の妻面白壁のまるでギリシャ建築の柱のような鏝飾りが面白い。寺の北側、九重味淋(株)との間の路地を入っていく。路地はカラー舗装でしっかり整備されている。左手に清澤満之記念館。清澤満之は大谷大学初代学長の宗教哲学者。記念館は新しい建物だが、清澤満之が使用していた書院も見学できる。

Nec_0018 路地を突き抜け右回りに回ると、九重味淋の黒壁の倉庫群が一望できる。特にいくつもの窓が明いた大蔵がいい。1706年建設1787年移築改造したものだが、全く古さを感じさせない。登録文化財

 いったん大浜街道に戻り、今度は西方寺南側の路地を入っていく。突き当たった辺りの町は、1mに満たないような路地が何本も走り、そこに木造住宅が密集している。これらの路地もそれぞれ整備されている点が興味深い。碧南市の「歩いて暮らせる街づくり」はここまでやったのか。だが、建築基準法的な対応は検討はされたけど、結局そのまま放棄されたはず。この環境を残すべきかどうか、けっこう悩ましい。

Nec_0031 この辺りは大浜漁港にすぐ近く、川に面した通りには蔵も残っている。また大浜漁港もけっこう多くの漁船とプレジャーボートが停泊し、思った以上に賑わっていた。港につながる堀川にかかる新水門の橋を渡り、川の南側へ。こちらの路地もなかなか雰囲気がある。特に下見板のコールタール塗りの黒壁がいい。

 細い路地をふらふらと歩きながら大浜東照宮まで歩く。北隣に東照山称名寺徳川家康の幼名竹千代命名の寺。碧南大浜の寺はどこもたいへん立派だ。海で暮らす人々は信仰心が厚くなるのだろうか。もちろん醸造業や廻船問屋で賑わったという歴史もある。大浜街道を北に戻ると本伝寺、清浄院も立派だ。

Nec_0036 堀川まで戻ると、交差点の角に旧大浜警察署。ここもかつては老朽化が進み、その活用が検討されていたが、きれいに手が入って外観整備された。大正13年建築のRC造。ただし耐震性の問題もあり、館内は見学できない。裏手の広場としてきれいに整備され、子供の遊び場となっていた。

 裏側の路地を歩く。椿の赤い花びらがこぼれ落ちて雰囲気のある路地。天神会商店街の看板が架かる街灯。店舗がない。堀川沿いに禰宜田陶器店。昭和の香りが残るお店だ。後は橋を渡って碧南駅へ向かう。細い道路が走るが、農地も散在し、一般的な地方都市の古い街の雰囲気。大きなスーパーマーケットがある裏側辺りを廃線となった名鉄三河線の旧線路用地が残る。砂利混じりの細い土地がただ続く。振り返れば碧南駅。終着駅となった駅構内には赤い列車が何両も止まっていた。

●参考 マイフォト「碧南大浜てらまち散歩」・・・その他の画像はこちらにあります。