郊外はこれからどうなる?

 「はじめに」に「東京郊外を考えるための最低限の基礎知識が身につく、入門書」と書かれている。また「公開講座で・・・若い人たちを相手に話した内容をまとめたもの」とある。

 これまで『「家族」と「幸福」の戦後史』や「ファスト風土化する日本」などで郊外を題材にした社会論、マーケット論を論じてきた筆者から、新たな郊外論が展開されるかと期待して読み始めたが、内容は「はじめに」に書かれているとおり、東京郊外の歴史や郊外の問題点を、主要な書籍や文献、現地に足を運んでの実感や写真等を用いてていねいに解説している。「郊外」をテーマに社会学の卒論を書こうとする学生向けの入門書といった感じ。

 同時に、「本書は私のキャリアヒストリーでもあります」と書かれているとおり、「第四山の手論」を『「東京」の侵略』を牽きつつ再解説するとともに、これを執筆するに至った当時の上司、パルコの増田通二の思い出を語る。

 さらに江戸時代から明治、昭和、戦後、さらにバブル期を経て、東京がいかに拡大し発展してきたか、いかに変遷してきたかをわかりやすく解説する。いまやどこも小奇麗な街となってしまった東京だが、かつては工業都市として煤煙にまみれ、歓楽街や下層労働者が呻吟する現実があった。

 そして一転、「郊外の文化論」としてアメリカ郊外の歴史や意味を説明する。冷戦時代に「専業主婦はアメリカの兵器だった」。さらに、世界最初の田園都市レッチワースを紹介、ニューアーバニズムとアワニー原則などを解説。ニューアーバニズムの街とは実は日本の古いまちの再評価ではないかという結論につながる。

 新しい発見というのではなく、きちんと文献に当たってみる。ちゃんと街に足を運んで見てみる。その大切さを自ら実践することで披露している。内容ではなく、それが披瀝してあること。それがまさに三浦氏の「キャリアヒストリー」であり、本書の入門書としての価値だと言える。

●工業地帯があるということは、そこに低賃金で働く労働者がたくさん住んでいたということです。だから今でも南武線沿線には、労働者の娯楽として、ソープランドや競馬場や競輪場がある。もっと言うと、在日韓国朝鮮人が劣悪な環境で働かされたという歴史もあるわけです。・・・東京の中の貧困、差別、格差といった問題とも深く関わるのです。・・・私としてはそういうことに無頓着であってほしくないのです。(P59)
●最初に視察に行って感じたのは、「なんだ、ニューアーバニズムが目指しているのは日本のまちじゃないか」ということでした。特にヴィレッジホームズを見たときには「なんだこれは。阿佐ヶ谷住宅と同じじゃないか」と思いました。(P181)
●健康のためには、ファストフードだけではダメというのは常識です。それと同じで、たしかにファスト風土的な商業空間が必要な面もあるでしょうが、それだけで生活するのはよくないと私は思うんです。やはりスローな風土とスローなフードをしっかり維持しなければいけない。歴史のあるまち、人が歩いて生活できるまちを残していかなければならない。だから、食育という言葉がありますが、それと同じようにまちが人を育てるのではないかと。言ってみれば「街育」が大切だと思うようになったんですね。(P194)
●近代化、高度成長の時代には、・・・未来に向かって前進することのほうが大切だという考え方があった。・・・しかし、社会が成熟し、人口も減少し、高齢化も進んでくるとなると、私たちは、単純に過去を否定して未来を求めるだけでは満足しなくなる。幸福を感じられなくなる。・・・これからは「輝く都市」より「古くて味のある都市」のほうが求められる。そんな変化がすでに始まっていると思うのです。(P213)